2015年2月18日 産経「日本の未来を考える」 伊藤元重・東大・大学院教授「農業の競争力高める転機」
産経の「日本の未来を考える」に、伊藤元重・東大・大学院教授が「農業の競争力高める転機」を書いている。
「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉がまとまりそうな流れとなっている。米国の高官からも、合意ができそうだという発言が出ているし、報道などを見ても農産物や自動車で日本が歩み寄る姿勢となっているようだ。もし早期に合意が成立するとなると、日本にとっては大きな意味を持つことになる。
TPPは常に農業問題と重ねて議論されてきた。農業者は当初からTPPに対して激しい反対運動を起こしてきた。皮肉なことに、TPPの交渉がまとまろうとしているこの時期に、農業改革の議論が大きく動き始めている。TPPに賛成の姿勢を示していたあるプロ農業家がかつて発言していた。『TPPが日本の農業にプラスかどうかは分からないが、TPPが日本の農業改革の契機になればよい』と。その通りのことが今起きているのかもしれない。
一般的に、TPPのような貿易自由化は農業全体を衰退させるという考え方をする人が多い。かつては経済学の世界でもそうした見方が強かった。それでも多くの経済学者が貿易自由化を求めてきたのは、農業分野の縮小があっても、それを補って余りあるような経済的利益が期待できるからだ。ただ、最近の国際経済学研究では、少し見方が変わってきた。
ハーバード大学のマーク・メリッツ教授の指摘に基づいた考え方であるので、メリッツ効果と呼ばれるものである。メリッツ効果を農業に適用すれば次のような指摘になる。農業者の中にもさまざまなレベルの競争力の人たちがいる。貿易自由化による農業分野の競争の激化は、より生産性の高い農業者に有利な状態を作り出す。その結果、競争力の低い農業者は次第に市場から退出していって、全体としては農業の生産性は高くなる。
当たり前のことといわれるかもしれないが、旧来の研究では農業者の競争力が同等であるという前提のものが多かったので、貿易自由化はすべての農業者を同じように苦しめるという結果が導かれることになったのだ。メリッツの指摘の重要なポイントは、貿易自由化が農業内での変化を促進させるという点である。
日本の農業でも、この視点は重要である。一般的にプロ農業者と呼ばれる人たちの中にはTPPに賛成の立場をとる人が多いように思える。それに対して、補助や保護でかろうじて農業を続けている人たちや、兼業農家の人たちには、TPPに反対の人が圧倒的に多いようだ。
ある意味では、TPPが自分たちにどのような影響を及ぼすのか、それぞれがよく分かっているのである。自由化によって農業内で競争が激しくなるというのは厳しい言い方のように思われるかもしれないが、多くの他の産業ではそれが当たり前のこととなっている。そうした競争によって、はじめて生産性の上昇が実現でき、日本経済全体の底上げが進むというものだ。農業だけがその例外でなくてはならないという理由はない。TPPの成立が日本の農業の競争力を高める大きな転機になることは期待したいものだ」。
「TPPが農業の競争力を高める転機になる」は、正論である。農業に市場原理を導入し、自由競争とするから、農業の国際競争力が高まるのである。多くの産業では当たり前のことである。農業を政府が過保護しすぎたのである。