2021年5月6日 バイデン政権100日
「バイデン米大統領の就任から4月末で100日になった。米国では政権最初の100日は『ハネムーン期間』と呼ばれ、この間は野党やメディアも政権批判を避ける慣行がある。とはいえ党派対立が激しくなった最近のワシントンでは、こうした慣行も廃れ、就任初日からメディアとケンカを始めたトランプ前大統領には蜜月期間は皆無だった。
バイデン政権の滑り出しはどうだろうか。米調査会社ピュー・リサーチ・センターによると、政権1期目の4月時点の支持率はバイデン氏は59%、トランプ氏の39%を大きく上回るが、オバマ氏、ブッシュ(父)氏などとほぼ同水準だ。世論調査に詳しい米ジャーマン・マーシャル・ファンドのブルース・ストークス氏は『党派による分断が激しい今の米国にしては良い数字』と評価する。
筆者が内外の有識者6人にバイデン政権100日を5段階で評価してもらったところ、最上級のAからBのおおむね好評価だった。
1月の米議会襲撃事件に象徴される混乱が続いたトランプ政権の後という『利点』はあるものの、バイデン政権の好調な滑り出しには意外感もある。バイデン氏は、たたき上げの苦労人で、長い政治経験や誠実さに定評はあるが、失言癖や史上最高齢での大統領就任、過激な左派が台頭する民主党をまとめる手腕などを不安視する声もあった。
バイデン政権100日の大きな成果の一つが新型コロナウイルスのワクチン接種の進展だ。当初目標の1億回を倍増した2億回の目標も前倒しで達成した。だが、この功績はトランプ政権が進めたワクチン開発支援策『ワープ・スピード作戦』のおかげであり、バイデン氏は幸運にも恵まれたといえる。
バイデン氏を過去の失敗に学んだ『再チャレンジ大統領』と呼んでもいいだろう。大統領選に挑戦すること3回、早々に予備選で敗退した2008年は悩んだ末、年下で経験も浅いオバマ氏の副大統領候補を引き受けた。昨年の大統領選も最有力候補とは目されないなかでの挑戦だった。
安倍晋三前首相が持病で無念の辞任をした第1次政権の後に、反省をノートに書き留めて再起を目指した話は有名だが、バイデン氏も過去の失敗、特にオバマ政権の『失敗』を教訓としているようだ。
その大きな反省の2つが『対中政策』と『景気対策』だろう。前者について象徴的な場面は、3月18日の米アラスカ州アンカレジでの米中外交トップ会談だ。ブリンケン米国務長官は報道陣を前にした冒頭発言で人権問題などで中国を厳しく批判したうえで、中国の反論への再反論のため、退出しかけた報道陣を呼び戻すパフォーマンスも演じた。背景には、1期目のオバマ政権の対中融和姿勢が共和党の批判を招き、2期目に厳しい姿勢に転じても対中弱腰批判が続いた負の経験への反省があるのだろう。
バイデン政権の外交チームにはブリンケン氏をはじめサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)、キャンベル・インド太平洋調整官らオバマ政権経験者が多く、バイデン政権は『オバマ3』(オバマ政権の3期目)などとやゆされたこともある。
アンカレジ会談では冒頭の非難の応酬後は地球温暖化問題などでの協力も話しあったというが、強烈な先制パンチは内外にバイデン政権はオバマ政権とは違うというイメージをつくるのに成功した。
2つ目の景気対策は『ゴー・ビッグ(大きくいこう)』が合言葉だ。バイデン氏が掲げた1・9兆ドル(約200兆円)の財政出動は民主党の票だけで議会を通った。過度の景気刺激策になるというサマーズ・ハーバード大教授(オバマ政権の国家経済会議委員長)らの心配をよそに、イエレン財務長官ら経済チームはインフレより雇用を重視する『高圧経済政策』を推進する。オバマ政権で財政出動が不十分だったという反省から、第2弾の2兆ドルのインフラ投資などの対策も用意した。
対中強硬策は米国では超党派の支持があり、大型財政出動は議会共和党の協力は得られなくても、1人最大1400ドルの個人向け給付金などへの世論調査の支持は高い。
ハネムーンが終わり、メディアの政権を見る目も厳しくなる。来年の中間選挙が近づくにつれ共和党も対決姿勢を強めるだろう。バイデン政権に死角はないのだろうか。
『中間層のための外交政策』。バイデン外交を主導するサリバン補佐官らが掲げた政策論だ。米外交政策は国際情勢を重視する専門家だけの議論ではなく、国内の中間層のためでなければならない。
庶民の苦労を知らないワシントンのエリートや専門家を目の敵にしたトランプ氏に16年の大統領選で敗北した民主党が再建のために編み出したのがこの政策で、バラマキ色の強い経済政策にも通じるところがある。中間層のためと言えば聞こえはよいが、選挙対策の色彩も強く、常にポピュリズム(大衆迎合主義)に陥るリスクがある。
米ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長は最新論文で『民主党・共和党はともに<中間層のための通商政策>を提唱しているようだ』としたうえで、この政策が保護主義を強め、国内産業の構造調整を遅らせるリスクに警鐘を鳴らしている。好スタートを切ったバイデン政権。今後の最大のリスクは『中間層のための政策』が暴走することかもしれない」。
「バイデン政権100日の幸運」は正論である。トランプ前政権の遺産を継承する運に恵まれたからである。第1がワクチン接種の進捗で、2億回の目標達成であるが、トランプ前政権の進めたワクチン開発支援策「ワープ・スピード作戦」の功績である。第2は対中国強硬策である。前国務長官ポンぺオ氏のウイグル族ジェノサイドを継承し、オバマ政権での対中融和路線の転換を図った。第3は、景気対策で、トランプ前政権の財政出動を継承し、景気拡大路線を継承したからである。問題は、トランプ前政権と真逆な気候変動対策と国境の移民対策である。国民の反発をてこにしたトランプ陣営の総反撃が始まり、2022年の中間選挙での共和党の上下両院過半数が現実ものとなる。バイデン政権のレイムダック、トランプ氏再登板へとなるが。