2020年4月16日 日経 「核心」大林尚・上級論説委員が「風邪引いたら家で休もう」「コロナが変える医療の形」

日経の「核心」に大林尚・上級論説委員が「風邪引いたら家で休もう』「コロナが変える医療の形」を書いている。

かつて医療の何たるかについて教えを乞うた、がん研究の泰斗の言葉が去来する。

『人類が21世紀中にがんを克服できる可能性は大きい。しかし感染症との闘いは永遠につづくだろう』

新型コロナウイルスは高齢者が感染すると命にかかわる危険性が増す。長寿化が一気に進んだ日本は、最も警戒を怠れない国のひとつだ。感染爆発が現実になった欧米は、政治指導者が戦時体制を口にする。欧米には成功体験があった。2014年、西アフリカで猛威をふるったエボラ出血熱の封じ込めだ。

英国は米仏などと担当国を分担し、シエラレオネで患者の治療にあたった。現地で看護ボランティアをしていた英国人男性がエボラに感染すると、キャメロン首相は空軍輸送機を飛ばし、本国に送還させた。NHSと呼ばれる国営医療傘下の王立自由病院で完全隔離のもと、看護師は完治し、元気に退院した。

彼は再びシエラレオネへ赴き、キャメロン氏は有事に即応するため関係閣僚らを招集しCOBRA(コブラ)会議を開いて緊急策を発動した。自由病院から3拠点病院に設備を搬入し、国全体の治療態勢を整える。ロンドンのセントパンクラス国際駅などの検疫を徹底し、感染者の侵入をくい止める。その一端を取材した身には、人類共通のみえない敵と格闘するさまが国家安全保障そのものに映った。

致命率は高いが感染力が弱いエボラと対照的な特性をもつのがコロナだ。今、自らも感染したジョンソン首相は、自己隔離し住宅で対策を指揮する。3月はCOBRAの開催頻度が高まった。人びとに自宅待機を義務づけ、陸軍の協力で東ロンドンの展示施設に4千人収容の野戦病院を設営した。恒例になった毎夕の記者会見で首相は『NHSを守る』と繰り返してきた。

英国民にとっての医療のよりどころであるNHSはコロナ禍で医療人材の不足に直面する。英政権は医学生や引退した医師、看護師ら3万5千人を呼び戻す計画だ。感染者のうち軽症の人は自宅療養してもらい、重篤な患者に必要十分な医療を提供する。その持続性が危ぶまれる。

同国の医療制度は元来、患者が医療機関へ行くのを厳しく制限している。英国に住む人は移民を含めて地元の家庭医(GP)に登録し、体調を崩したときは電話やネットで予約を取って診てもらう。

多くはGP診療所で治療が完結するが、GPの手に負えない手術などが必要と診断されれば、専門家がいるNHS病院につながれる。

風邪くらいではGPも診てくれない。電話で『レモネードを飲んで寝ていなさい。あたなには治癒力が備わっている』と言われるのがオチだ。だから医師へのアクセスの悪さに不満を抱く患者は少なくない。予約電話の冒頭に『暴言を浴びせると罰せられる可能性がある』と流れるほどだ。

日本の医療制度はこの対極にある。健康保険証があれば患者はどの診療所・病院にかかろうと原則自由だ。ところがコロナ禍が患者行動を変えた。厚生労働省は、風邪の症状が出た人には仕事や学校を休んで家にいるよう求めている。ただし一定以上の熱がつづき、強い息苦しさがある場合などは相談センターに申し出る。これが基本だ。

この局面で病院に行くと、コロナにかぎらず感染症にかかるリスクが高いのでは、という見方が浸透しつつある。おかげで多くの外来待合室は閑散としている。横浜市内の総合病院の看護師長は『一斉休校で出勤できない看護師もいたが、患者がどっと減ったので今のところ人手不足になっていない』という。

世界のなかで相対的にコロナ感染者が少ない日本は総じて医療サービスが機能している。だがこの先は、欧米に遅れて感染爆発が現実化するおそれを念頭におくべきだ。無症状や軽症の人は自然治癒力も生かして施設で療養し、専門医と設備が整った感染症病室は重篤者に割りあてる。オンライン診療の使い勝手をよくする。ほかの診療科の診察をおろそかにしないためにも、重篤者に医療資源を集中する機能分化が有効だ。

17年、国家戦略特区の目玉として千葉県成田市に医学部を新設した国際医療福祉大学は、この4月に予定していた成田病院(総病床数642)の開院を政府の求めもあり半月前倒しした。集団感染の舞台になったクルーズ船に大学から感染症専門医を派遣した知見をふまえ、発熱・感染症外来と内科・総合外来を開いた。月内の稼働病床は46床。陰圧室にはすでにコロナの感染者が入院したとみられる。

エボラ熱にも対応できる堅固な病室も用意し、来るべき感染症との闘いに備える。重篤者の命を救うためだ。もっとも宮崎勝病院長は『日本全体では感染症対策の機能はまだ十分ではない』とみる。

グローバルには各国と手をたずさえて特効薬やワクチンの研究開発に精力を傾け、国内政策は命の危機にひんする人を救う医療態勢をつくるのが課題だ。野口晴子早稲田大学教授(医療経済学)は、緊急性が高い患者を優先して治療するトリアージの徹底で、重症者の救命が優先され死亡者を減らせる可能性を説く(17日付本紙「経済教室」)。

自力で治せる風邪は寝て治す。半面、風邪は万病のもとである。過信は戒めねばならない。だがコロナ禍が病気やけがへの自然治癒力を思い起こすきっかけになるなら、医療費の節約にもつながる」。

氏が言う「風邪引いたら家で休もう」は正鵠を突いている。野口晴子早稲田大学教授(医療経済学)の「緊急性が高い患者を優先して治療するトリアージの徹底で重症者の救命が優先され死亡者を減らせる可能性」がそれである。トリアージとは、患者の重症度に基づいて治療の優先度を決定して選別を行うことである。日本の新型ウイルス感染患者が2000人以下に死亡者が60人台にとどまっているのは、国民自らがトリアージを行っているからである。感染患者の8割が軽症、2割が重度という選別を。

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