2018年2月13日 日経「風見鶏」 峰岸博・ソウル支局長「チョコパイが映す『情』」

日経の「風見鶏」に峰岸博・ソウル支局長が「チョコパイが映す『情』」を書いている。

「韓国人が最も食べているお菓子(商品)は何か。答えはオリオンの『チョコパイ情(チョン)』。2016年の全世界での年間売り上げは過去最高の4800億ウォン(約480億円)を突破した。23億個分に相当し、ひとつひとつを積み重ねると地球3周半を超える。韓国人なら誰でもチョコパイにまつわる思い出の1つはあるという。その国民的なお菓子の赤いパッケージに大きく描かれているのが『情』の印象的なロゴだ。

『<情>という韓国人のDNAを製品に載せ、分けあって食べるというポジショニングで成功した』。同社の関係者は『情』の命名の理由をこう説明する。

『情』は『恨(ハン)』と並んで韓国人の国民性を解くキーワードだ。小倉紀蔵氏著『心で知る、韓国』によれば、上下の関係だけでなく『自分と相手との水平的な関係において生じる人間的なやさしさの感情』が特徴だ。つまり、競争社会で差別と序列が厳しい分、『同じ』というキーワードで強固な絆を形成して『やさしさ』を供給しあうのだという。韓国で暮らす日本人にも情は注がれる。小さな子供連れの家族が見知らぬ韓国人から親切にされて『イメージが変わった』といった話をよく聞く。

情はときに法規を超えて、“刃物”にもなる。

15年の日韓慰安婦合意について文在寅(ムン・ジェイン)大統領は『国民の大多数が情緒的に受け入れられない』と日本に伝えた。韓国での慰安婦問題は『政府が日本と交渉しないのは元慰安婦らの人権侵害で違憲』とした11年の憲法裁判所の判断が転機となった。運動団体が先導する世論が背後にあり、『日本だけを守れば大統領は国内で立っていられなくなる』と文氏に近い大学教授は語る。

文氏が北朝鮮との対話に走るのも、南北に分断された同族の情が底流にある。00年に韓国でヒットした映画『JSA』には、南北共同警備区域(JSA)でチョコパイをほおばる北朝鮮兵士に、韓国兵士が『南に亡命したらたらふく食えるよ』と誘うシーンがある。映画の舞台となった板門店で、17年後の昨年11月、映画さながらの事件が起きた。JSAを越えて命からがら韓国に亡命した北朝鮮兵士は一般病室に移ると『チョコパイが食べたいです』と語ったという。

韓国の情は割り切りがよい。『過去』への執着と好き嫌いは別だ。日本旅行ブームは格安航空券の普及で大学生まで裾野が広がる。その点、日本人は『ワントラック(1路線)』に近い。『国家間で論争があるから観光客が来なくなるという論理は韓国人には理解できないだろう』(小此木政夫慶応大名誉教授)

情緒が支配する国との付き合いは厄介だ。安倍晋三首相が通常国会の施政方針演説で韓国に言及した分量は、中国やロシアに比べてもはるかに少ない。ただ情緒は放置しても消えず、火種が膨らむ。互いに相手の情を知り心を通わせながら、国益をはかって言うべきことを言う大人の関係が日韓外交にも必要になる。

歴史教科書問題で日韓関係が過去最悪といわれた1983年1月、就任後初の訪問先に韓国を選んだ中曾根康弘首相は晩さん会で韓国語でスピーチし、2次会では韓国の歌を歌った。両国は修復に向かい、その後、レーガン米大統領とも「ロン・ヤス関係」を築く。先月死去した野中広務元官房長官は『中国や朝鮮半島との関係は政権にいる人がトップにならないと動かせない』と話していた。

国内保守層の反対を押し切って訪韓を決めた安倍首相。厳冬の平昌で9日に文大統領と向き合う」。

情緒が支配する国との付き合いは厄介だが、1983年1月の中曽根康弘首相(当時)に習うべきである。国内保守層の反対を押し切っての訪韓は正解となる。

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