2016年9月12日 産経 「正論」櫻田淳・東洋学園大学教授 「安倍首相の『対中牽制』は適切だ』

産経の「正論」に櫻田淳・東洋学園大学教授が「安倍首相の『対中牽制』は適切だ』を書いている。

既に旧聞に属するけれども、先月譲上旬、リオデジャネイロ五輪の頃合いを狙ったかのように、中国共産党政府は、十数隻の公船と200を超える漁船を大挙して尖閣諸島海域に出没させた。

古来、オリンピックが『平和の祭典』であり、その期間中には諸国は矛を収めるというのは、『美しき建前』の一つに過ぎないけれども、中国政府は、それすら尊重せずに尖閣諸島海域で緊張を高める挙に走ったのである。

中国政府の姿勢は、その『美しき建前』の集積である既存の国際秩序を、どのように彼らが認識しているかを象徴的に示したものだといえよう。
<G20はジャイアンのリサイタル>

尖閣諸島海域における『8月の緊張』は、現地で偶発した中国漁船遭難事故に際して海上保安庁が中国漁民を救助し、それに中国外務省が『称賛』を表明するという異例の展開を経て、一応の収束をみた。この展開には、中国・杭州でのG20首脳会議開催を控えて、対外印象を悪化させないという中国政府の配慮が働いたと語られる。

そもそも、杭州G20は、主要20カ国・地域の首脳が一堂に会する意味で、中国政府の威信が懸けられた外交舞台であった。習近平国家主席にとっても、各国首脳を悠然と迎える様を演出することは、彼の国内政治基盤の観点からも大事であった。

故に、杭州G20には、開催以前から『習近平の習近平による習近平のためのG20だ』という評が聞かれた。それは、さらに辛辣に表現すれば、杭州G20の性格が漫画『ドラえもん』に描かれた『ジャイアンのリサイタル』のようなものになると予想されたということになろう。『ガキ大将』が周囲の人々の気分に構うことなしに、音程の外れた歌を朗々と披露し独り悦に入っている様である。

然るに、杭州G20における実際の議論は、中国政府にとっては、自らの威信を誇示するというよりも、南シナ海情勢、人権、サイバー安全保障のような自らが『震源地』になっている案件で批判を浴びないように『守りに入った』色彩の濃いものであった。杭州G20での議論を『経済』に限定しようとした中国政府の姿勢は、そうした事情を物語る。

<議論すべきを議論していない>

それ故にこそ、杭州G20に併せた日中首脳会談のような『個別首脳会談』ではなく、G20それ自体の『全体会合』の場で、南シナ海情勢を念頭に置き、安倍晋三首相が『海洋における航行、上空飛行の自由の確保と、法の支配の徹底を確認したい』と述べたのは、よき判断であった。

日本にとっては、日本海、東シナ海、南シナ海の三縁海を含む西太平洋海域が『安定して開かれた海』であることは、世界各国の『共通の利益』に合致するのは無論のこと、中国政府ならば『核心的利益』と呼ぶと思われるほどの重きを持つものである。

そうした日本の利益と世界の共通利益が二重に掛かった案件への言及は、折々の先進7カ国(G7)首脳会議やG20のような場でこそ、繰り返し行われるべきものである。

しかも、杭州G20の最中、北朝鮮が日本の排他的経済水域(EEZ)に届く3発のミサイルを発射した他に、中国が南シナ海にあるスカボロー礁の埋め立てを準備していると報じられたことは、杭州G20における『経済に話題を限定した』議論に際して、『議論すべき話題を議論していない』印象を与えるものであった。

<数十年は続く「冷たい微笑」>

筆者は、安倍晋三内閣発足以降に展開されてきた『地球儀を俯瞰する外交』は、対外政策路線として特段の瑕疵がないものと評価している。それは、『対中牽制』の論理に過剰に傾斜しているという批判を向けられるものであるかもしれないけれども、特に習近平氏の登場以降、『唯我独尊』の色合いを露骨に示すようになった中国の対外姿勢を前にする限りは、確かに『時代の要請』に合ったものである。それは、日本国民が抱く懸念にも合致する。

実際、先月下旬、『日本経済新聞』が実施した世論調査の結果によれば、尖閣諸島摩擦を前にした日本政府の対応について、『(中国に対して)もっと強い姿勢で臨むべきだ』とした層が55%に上った。この調査結果で注目すべきは、無党派層では『もっと強い姿勢で』が47%に達し、『対話を重視』の40%を上回っていることにある。特に安倍内閣や自民党を支持しているわけでもない無党派層で『対中強硬』傾向が鮮明に表れていることの意味は、軽々に解釈すべきではないであろう。

1970年代以降の『日中友好』の歳月の中で蓄積された日本の対中『共感』という資産は、今や中国政府の『唯我独尊』対外姿勢によって顕著に失われた。

日中関係における『破局』は誰も望まないであろうけれども、それでも日中両国の『冷たい微笑』の時節は、今後数十年は続くのであろう」。

8月下旬の日経調査で無党派層が「中国に対してもっと強い姿勢で」が47%と「対話重視」の40%を上回った。無党派層に「中国の脅威」の認識が強まり出したことを意味する。野党共闘の大前提「中国の脅威なし」が崩れ出したが。

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