2020年4月16日 産経 「正論」村井友秀・東京国際大学教授が「中国は見習うべき理想の国家か」

産経の「正論」に村井友秀・東京国際大学教授が「中国は見習うべき理想の国家か」を書いている。

「新型コロナウイルスとの戦いの中で、武漢封鎖から1カ月たった2月23日、習近平国家主席は次のように主張した。『共産党の指導と中国の特色ある社会主義制度の優位性は明らかだ』。中国共産党の独裁政権は他国が見習うべきモデルなのか。

中国の経済力は新中国成立以来70年間で約170倍に拡大した。国内総生産(GDP)は米国の3分の2に近づき世界第2位である。ただし、19世紀前半に中国のGDPは世界の3分の1を占めていた。もともと中国は資源が豊富な大国であり、政府が政策を誤らなければ世界一の経済大国になる潜在力を持った国である。

<民主化する独裁政権>

全ての国が経済発展を望んでいるが、独裁政権は経済発展が政治の民主化をもたらし反政府運動を抑えきれなくなって独裁政権が倒れるかもしれないという懸念を持っている。しかし中国の経済発展は独裁政権と経済発展が両立することを証明したと見なされ、経済発展を望む独裁政権にとって見習うべき成功モデルになっている。

国際政治には『独裁国家でも経済が発展すれば、中産階級が拡大し、政治の民主化も進む』(リプセット仮説)という理論がある。中国では経済発展によって個人の収入が百倍以上になり、リプセット仮説が正しければ既に民主化が進行しているはずである。しかし現実の中国は民主化していない。

独裁国家の国民は独裁者、中産階級、大衆に分けられる。独裁者は中産階級と大衆を支配する暴力装置(軍隊と警察)を独占している。経済発展で豊かになるのは独裁者と中産階級である。独裁者は暴力装置と富を持ち、中産階級は暴力装置は持たないが富を持つ。大衆には暴力装置も富もない。

豊かになった中産階級は、独裁者が恣意的に富を奪うことを恐れ独裁者が暴力装置を使う権力を制限しようとする。法律によって政府の権力を制限する民主主義は、中産階級にとって自らの富を守ることを可能にする魅力的な政治制度になる。中産階級がその経済力によって独裁者を動かすことができれば国家の民主化は進展する。

<民主化しない中国共産党>

それでは現在の中国はどうなっているのか。①国有企業の経済力は民間企業を圧倒している有力な企業家は共産党に入党している③経済構造を見ると国内植民地体制(Internal Colonialism)といわれるほど、国内で支配者と被支配者がハッキリと分かれている。国家資本主義的経済発展は中国共産党の統治構造にどのような変化をもたらしたか。

経済発展以前は中国の中産階級は独裁者に支配されていたが、経済改革すなわち大衆の低賃金労働力を活用して豊かになった後は支配される側から搾取する側に変わった。したがって、支配者になった中産階級と被支配者である大衆との対立は大きい。中産階級が独裁者に搾取される存在ではなく、大衆を搾取することによって富を得ているのであれば、民主主義よりも独裁の方がより多くの富を獲得することができる。北朝鮮は外国資本を誘致する広報活動で、ストライキや労働争議がないことを宣伝していた。

民主化の原動力になるべき中産階級は、現在の中国では独裁権力の一部になって自分たちの富を守ろうとしている。搾取できる体制を守るためには独裁者の暴力装置によるバックアップが不可欠になる。そのためには独裁者に近づかなければならない。したがって、現在の中国では豊かになった中産階級は独裁権力に協力しているのである。

民主化が進むためには富と権力が分離していなければならないが、現在の中国では既得権益層の中産階級と一体化した共産党は富と権力の象徴である。

<非常事態に対応する民主主義>

中国共産党は成功した独裁政権といえるだろう。ただし、国民の人権を無視する独裁政権には重大な欠陥がある。言論の自由がない独裁国家では、発言が反体制的と見なされた場合の不利益と考えて国民は本音の発言をしなくなる。従って、独裁政権は国内で今何が起こっているのか、国民が本当は何を考えているか分からなくなる。2億台の監視カメラも国民の心は見えない。国民の本音が分からない政権は、国内政策を間違える可能性が高く、国民の不満が高まり、政権は弱体化する。

確かに今回のウイルス対応で、人口1千万人の武漢、6千万人の湖北省を封鎖した対応策は一定の成果を上げた。『小を殺して大を生かす』ことが必要な非常事態には、小を殺すことに慣れた独裁国家は力を発揮する。他方、政策決定に時間がかかる民主主義国家は『拙速を貴ぶ』非常事態が苦手である。

民主主義国家が非常事態に陥った際、一時的に独裁国家に変身して対応し、非常事態が終われば民主主義国家に戻るプロセスが保証されていれば、国民の同意によって成立している民主主義政権はあらゆる点で独裁政権に優る強靭な政権である」。

「国民の人権を無視する独裁政権には重大な欠陥がある。言論の自由がない独裁国家では,発言が反体制的と見なされた場合の不利益を考えて、国民は本音の発言をしなくなる。・・国民の不満が高まり、政権は弱体化する」。今回の武漢封鎖で示された中国共産党一党独裁の強権発動が裏目に出るが。国民の人権を蹂躙した暴挙を、である。

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