2018年2月1日 日経「風見鶏」に坂本英二・編集委員が「戌年に笑っていられるか」

日経の「風見鶏」に坂本英二・編集委員が「戌年に笑っていられるか」を書いている。

「安倍政権への評価は国内より海外の方が高いと感じる。昨年末に欧米の経営者と都内で意見交換した際は最初にこう質問された。

『日本の政治は安定し、株価もかなり上がった。安倍政権は北朝鮮の脅威にも機敏に対応しているのに野党は批判一色。あと何が足りないというのか』

政権幹部が聞いたら喜びそうな前向きな評価に驚いた。だが『今の政府に足りない政策は何か』という問いは、政治の重要な論点に違いない。

『今年の賃上げ、はっきり申し上げまして3%お願いしたい。こう思う次第でございます』。安倍晋三首相は5日、都内で開いた経済3団体の新年祝賀会で笑みを浮かべて注文した。

明治時代に活躍した渋沢栄一の言葉を引用し『もう満足だという時は、すなわち衰える時である。収益に満足せず、どんどん新たな投資を行ってもらいたい』とも付け加えた。

アベノミクスの大胆な金融緩和と財政出動は、株高と円高是正につながった。ある自民党幹部は『企業収益は回復し、我々は法人減税も実現した。それなのに景気回復が実感できないのは企業の努力が足らないからだ』と言い切る。

政府が賃上げを促す『官製春闘』は5年目。企業側の反論はあまり聞こえなくなったものの、本音は違うようだ。『子育て支援に3千億円を拠出させられ、賃上げは3%と指図されてハイハイ従うだけでは経済界も情けない』。大手銀行の元幹部は小声で話す。

表だって政権批判を口にしにくい雰囲気は、自民党内も共通している。こちらも匿名ならば熱弁を振るうベテラン議員がいる。

『人づくり革命、生産性革命とスローガンが勇ましい割に、具体策はどれも思いつきの域を出ない』『足元の経済指標はだいぶ改善したが、成長戦略や財政健全化といった将来像の説明がいまだにない』

問題点がそこまで見えているなら冷遇覚悟で首相に直言してほしいものだ。与党も経済界も『本音はひそひそ声だけ』というのでは、先進民主国家としてあまりに寂しい。

現実の社会は損得勘定で物を言いにくいから、人々はフィクションに痛快さを求めるのだろう。池井戸潤氏の『陸王』『下町ロケット』『半沢直樹シリーズ』などの小説はテレビドラマになり、この10年ほどヒットが続いている。

元銀行員の池井戸氏が描く企業経営は、バブル崩壊後の日本経済の一段面を映し出す。大企業は既得権益に甘んじてリスクをとろうとせず、金融機関は総意と工夫で飛躍をめざす中小やベンチャー企業に冷たい。新規参入には規制や商慣習も壁となり、米IT大手のような新たな稼ぎ手が日本では生まれにくい。

さて長丁場の通常国会が始まった。3日間の代表質問を聞く限り、野党は今年も格差是正に向けた分配政策を重視している。立憲民主党の幹部に財源を尋ねると『増税には反対だ。財政再建は政府の責任で、野党が考える話じゃない』との本音が返ってきた。デフレ経済がこれだけ長く続いても、日本の政治は処方箋を示せずにきた。安倍政権が
賃上げや働き方改革で野党のお株を奪うのなら、立憲民主党や希望の党、民進党は産業政策や財政再建で政府に足らざる政策を促してはどうか。

首相は「戌(いぬ)年の相場格言は『戌笑う』だ」とあちこちで言及し、意気軒高だ。だが景気が少し回復してもバラ色の将来が開けるわけではない。物言えば唇寒しとみんなで傍観している余裕は、今の日本にはないはずだ」。

「今の政府に足りない政策はなにか」という問いが、重要な論点ではなく、脱デフレ宣言を何時できるかが、重要な論点である。国民が景気回復をいつ実感できるか、である。「戌笑う」は秋となるが。

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