2016年6月8日 日経「迫真」 「決断、増税先送り1」「際立つ『1強』火種も」

日経の「迫真」に「決断、増税先送り1」「際立つ『1強』火種も」が書かれている。

首相の安倍晋三(61)が再び消費増税の延期に踏み切った。伊勢志摩サミット後、わずかな期間で異論を押し切った決断は『安倍1強』を際立たせた一方、今後の火種をのぞかせた。

5月28日夜、首相公邸。副総理兼財務相の麻生太郎(75)は激していた。『消費税は予定通り上げるべきだ』。安倍が首を縦に振らないと畳みかけた。『それなら当然、衆院解散をするんでしょうな。前回増税を延期した2014年は解散した。筋が通らない』。盟友の指摘に安倍は「いや、それは……」と口ごもった。

重苦しい場に自民党幹事長の谷垣禎一(71)と官房長官の菅義偉(67)が加わった。谷垣は『延期なら解散を』と麻生に加勢する。菅が『同日選は公明党が反対だ』と異を唱えると、麻生は『公明党に気を遣いすぎだ』と一喝した。

安倍の面前で、安倍の専権事項である解散権を巡って、政権中枢がやり合う異例の事態。麻生、菅とともに安倍を支えていた前経済財政・再生相の甘利明(66)が抜け、麻生と菅の対立が先鋭化したとの観測も流れた。政権にきしみをもたらしたのは、盟友にさえ耳を貸さない安倍の独走ぶりだ。

増税延期の調整は官邸のごく一部で進めた。『財務省は信用できない。言う通りに増税していたら大変なことになっていた』。こう漏らす安倍の意を受けたのは首相秘書官の今井尚哉(57)。昨年12月、古巣の経済産業省幹部らと増税延期を理由に同日選に踏み切るシナリオを描き始めた。

悩んだのは『リーマン・ショックのような重大な事態でない限り予定通り増税』としてきた安倍の言葉との整合性だ。『<嘘つき>と言われるのを相当、恐れていた』という安倍は年が明けると側近の一人に『延期するにはどうしたらいいだろう』と相談している。

その『解』になったのが世界経済の変調だ。年明けから円高・株安が進み、2月の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が財政出動の必要性を確認すると『米国が日本に消費増税の延期を求めている』との情報が官邸に伝わった。

5月のサミットで財政出動で合意し、延期の理由にする戦略が今井を中心に固まった。『サミット次第だ。それまでに延期の調整を始めたら国会で追及される』と首相周辺は語った。

官房長官の菅は、パイプのある公明党とその支持母体・創価学会との関係を気にしていた。学会幹部が『同日選なら自民党を応援する態勢はとれない。避けてほしい』と頼んできたからだ。

公明党は軽減税率と消費増税にこだわっていたが、同日選回避の方がはるかに重要だ。菅は増税して同日選を回避する案も模索。『増税延期なら同日選になる。2つはセット。だから増税延期はダメという考えもあった』と菅周辺は解説する。

だが4月中旬の熊本地震がセット論を崩した。与党や安倍周辺から『被災者がいるのに政権の都合で同日選なんてできない』との声が上がった。さらに自民党の参院選情勢調査で単独過半数をうかがえる結果が出た。『参院選で確実に勝つために同日選を』とのダブル論はしぼみ、官邸は与党幹部に『同日選は見送り』と伝えた。

同日選が消え、増税延期と切り離されると、菅は増税延期に動いた。大型連休明けの5月上旬。首相官邸を財務次官の田中一穂(60)らが訪ねた。『予定通り増税するなら、増税分は全額、当面の消費刺激策に使います』。10兆円規模の経済対策を16年度2次補正予算として組む案だ。

安倍は何も答えなかったが、別途、説明を受けた菅は厳しかった。『よくわかった。今度は増税を延期する場合の経済対策を持って来てくれ』。公明党につながる菅を増税の援軍とみていた財務省は動けなくなった。

菅はこの頃、すでに学会に延期の可能性を示していた。学会には民進党と共産党の連携で『公明党は増税推進と言われる』との懸念が広がり、延期容認論が出ていた。首相周辺も一部の与党幹部に延期を伝達。5月中旬までに学会も『同日選回避なら延期はやむを得ない』と官邸に伝えた。

孤独な決断の重圧は経験者しかわからない。安倍は30日、都内で3時間、麻生と酒を酌み交わした。『俺も首相をやったから孤独なのは分かる。だからこそ何でも連絡してほしい』。こう話す麻生に安倍は『申し訳ない』と口にした」。

官邸主導の完勝、財務省の完敗である。安倍1強が際立ち、安倍=菅枢軸強化となり、与党内に敵なし、ポスト安倍は安倍だとなった。だからこそ、頭を下げるべきである。

 

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