2015年7月3日 産経「湯浅博の世界読解」「ギリシャ悲劇を『他山の石』に」
産経の「湯浅博の世界読解」に「ギリシャ悲劇を『他山の石』に」が書かれている。
「2台のボロ車が、崖の端に向かってフルスピードで突進している。どちらのドライバーも、相手がおじけづくのを期待した。映画『理由なき反抗』の1シーンである。ジェームズ・ディーン主演の映画では、不良仲間の一人が崖際での脱出に失敗して、車ごと谷底へ落下してしまう。
英経済紙フィナンシャル・タイムズが、ギリシャとその債権者との間で行われたチキンゲームをこの映画に例えていた。ついでにいうと、ギリシャ危機のケースでは、借金漬けのギリシャの方が債権者に対して『崖から落ちてもいいのか』と、一貫して態度が大きかった。
チプラス政権は民主党の鳩山、菅政権を足して2で割ったようなポピュリズム政治である。苦しい緊縮財政はやらないまま、ユーロ圏に残るという虫のよい公約を掲げて発足した。
首相自身は国際的な義務とそれらの公約は両立しないことを知りながら、ドイツのせいで身動きがとれないとの危機を作り出した。それも無理と分かると、国民投票を仕掛けて政治決断を国民に押しつけたのだ。
ギリシャの危険な賭けを見るにつけ、いったい何が彼らをつけあがらせたのだろうかと考える。すぐに思い出すのは、17年前のクリントン米政権の時代である。
クリントン大統領が議会に報告した1999会計年度の予算教書で、ギリシャとトルコに対する軍事支援が削除されたことで、『かくも長く経済支援をしていたのか』と驚かされた。米国は両国と交渉のすえ、『冷戦の落とし子』のような項目を外したのだ。
実は支援の始まりは、共産主義との対決を宣言した1947年3月の『トルーマン・ドクトリン』にまで遡る。2つの国は地中海の東にあり、冷戦時代のソ連からみると、黒海から地中海に抜ける戦略的な要衝にある。米国はこの2つを支援することで、ソ連の地中海進出の野望を半世紀もの間、封じ込めてきた。
このときに米国がギリシャを放置しておけば、どうなったか。経済の疲弊から共産党が政権を奪取しつつあり、英国は『スターリンの帝国が地中海を覆う情勢になる』と分析していた。以来、ギリシャは『地中海の戦略的要衝』という地政学上の位置に甘えてきたとしか思えない。
2004年には、財政的な裏付けも怪しいのにアテネ五輪を開催し、競技施設や道路建設などの五輪関連予算がかさんで財政を悪化させた。年金や公務員の給与削減がままならないまま、欧州連合(EU)からの支援と財政再建の失敗を繰り返す。
東西冷戦以来の確執を知るチプラス首相は、就任後あまり時間を置かずにロシアに飛んだのも、欧州勢に対する牽制であり、“弱者の恫喝”であろう。
ギリシャの『債務不履行』と『ユーロ圏離脱』に対しては、EUなどユーロ圏も損失を被るのは間違いない。だが、もはや愛想も何も尽き果て、『一時の犠牲を払ってでも決着をつけたい』との考えが広がったのではないか。
EUなどは、いざというときは混乱をギリシャだけに封じ込め、欧州の弱体経済国にまで波及しないよう目配りしてきた。崖の下に転落するのが誰なのかは明らかであろう。借金財政体質の日本も、ギリシャ悲劇を他山の石としたい」。
崖の下に転落するのは、ギリシャであることは明らかだが、問題は、中国、ロシアがそのギリシャに救いの手を差し伸べようとしていることである。ギリシャが「地中海の戦略的要衝」であるからだ。米国が、中ロの動きを警戒し、ギリシャのユーロ圏離脱を阻止すべくユーロ圏に譲歩を迫っているが、ドイツが拒否している。ドイツがユーロ圏の盟主として責任を果たすべきなのである。ギリシャを救えるのはドイツだけであるからだ。