2017年3月17日 朝日「波聞風問」 原真人・編集委員「シムズ理論」「『財政も無責任であれ』の危うさ」
朝日の「波聞風問」に原真人・編集委員が「シムズ理論」「『財政も無責任であれ』の危うさ」を書いている。
「いま日本でもっとも脚光をあびる経済学者といえば、ノーベル賞経済学者のクリストファー・シムズ米プリンストン大教授だろうか。『デフレ脱却のため日本政府は財政再建をやめるべきだ』という大胆な提言で注目されている。
先月来日したシムズ氏は当局者らを訪ね、『2%インフレ目標を達成するまで消費増税を中止せよ』『財政再建目標を放棄すべきだ』などと提案して回った。関係者のひとりは『めちゃくちゃな提案だと思った』と話す。
シムズブームの火つけ役は安倍首相のブレーン、浜田宏一米エール大名誉教授だ。浜田氏はこれまで金融政策でインフレをおこそうというリフレ政策の提唱者だった。昨秋これがうまくいっていないと認める一方で、シムズ理論を『目からうろこが落ちた』と絶賛。アベノミクスへの採用を官邸に働きかけている。
シムズ理論は、物価水準は人々が国家財政の先行きをどう見るかで決まる、という経済理論にもとづく。それにしたがうと、政府が財政再建の努力をやめればインフレが起きる、インフレで政府の借金は実質負担が減る、それで財政赤字が解消できるという。
すでに日本政府の借金は先進国で最悪だ。日本銀行が事実上、財政ファイナンスで借金膨張を支えてもいる。シムズ理論はまるで毒を食らわば皿まで式の発想ではないか。
そういえばリフレ政策もノーベル賞学者のポール・クルーグマン教授が20年ほど前に言い出したのが最初だった。日銀はインフレをおこすために『無責任』と思われるくらい金融緩和を続けよ、という提案だ。シムズ理論も無責任さを求める点でそれとよく似ている。こんどは『財政も無責任であれ』というのだ。
肝に銘じておきたいのは、ノーベル賞学者の提言が常に正しいとは限らないことだ。クルーグマン氏は先の主張を『日本では有効でなかった』と、後に取り下げ修正した。
無責任な政策でインフレとなれば、超インフレや財政破綻まで突き進む危険もつきまとう。万一そうなったら、無責任な政府が国民生活の救済に責任をとれるのだろうか。
そもそも1億2700万人の国民生活を危険にさらしてでも物価上昇させなければいけないのか。そうまで言うなら、確実に人々のインフレ予想を生む手っ取り早い方法がある。政府が『消費税率を毎年1~2%幅ずつ引き上げる』と宣言すればいいのだ。
だが安倍政権は『景気に影響がある』と消費増税に冷淡で先送りを続ける。その一方で、異常な金融政策を使ってでもインフレをおこそうとするのが不思議だ。インフレだろうと消費増税だろうと、物価上昇を通じた国民負担であることに変わりはないのに。
『インフレ税』は制御しにくく、人々の負担が不公平でもある。ならば、民主主義の手続きを経て整然と決める消費増税の方がはるかに正統、ずっとマシではないのか」。
アベノミクスが未だにインフレ目標2%を達成できないのは、14年4月からの消費増税でGDPの約6割を占める個人消費が低迷しているからである。シムズ理論による「インフレ目標を達成するまで消費増税を中止せよ」は、正論となるが。