2016年7月19日 産経「湯浅博の世界読解」「『法』の次は『力の行使か』」

産経の「湯浅博の世界読解」に「『法』の次は『力の行使か』」が書かれている。

「ハーグの仲裁裁判所で下された『クロ裁定』を受けて、中国は今後どう出るか。内政第1の習近平政権にとって、裁定は対外的なつまずきになり、これを糊塗するために『力の行使』に出る危険性が高くなる。

南シナ海の裁定により『8月の砲声を聞くことになる』と警戒感を示したのは、キャンベル元米国務次官補だった。8月の砲声とは、1914年の第一次大戦の勃発を象徴する言葉である。その物騒な事態を避けるため、日米同盟にはどんな手が打てるか。

中国外務省は裁定の前から、仲裁裁判所には『管轄権がなく、審理を決定すべきではない』と違法性を強調していた。戴秉国前国務委員に至ってはわざわざワシントンで裁定を『ただの紙くずだ』と言い捨てた。

しかし、ハーグの裁定が南シナ海を勢力範囲とする『九段線』論を否定した以上、中国が裁定を無視すれば、国際社会は『国際ルールを嘲弄する無法者』(英紙フィナンシャル・タイムズ)というレッテルを貼るだろう。

国連海洋法条約では中国のいう通り、どの手段で紛争解決するかは中国に『選択の自由』がある。しかし、この条項には第2節があって、不満があっても出席して弁明する義務があるのに、彼らはこれを故意に無視してきた。争っても勝ち目がないとの判断から、裁判所そのものを批判する奇策に出た。

戴秉国氏は講演で、『たとえ米国が10個の空母打撃群すべてを南シナ海に進めても、中国人は怖がらない』と脅した。裁定前日の11日まで、南シナ海のパラセル海域で大軍事演習をしたことは『法の支配』を離れて『力の行使』を選択したことになる。

『クロ裁定』を受けた側の中国にはどんなオプションがあるのか。不満の表明なら、『九段線』上空に、中国の防空識別圏(ADIZ)を設定する可能性がある。さらに米比当局者の間では、フィリピンに近いスカボロー礁でも人工島造成を開始するのではないかと警戒している。

南のスプラトリー諸島は、中国が実効支配する岩礁や砂州の上に人工島を構築したが、スカボロー礁は2012年に支配権をフィリピンから奪い取った海域だ。しかも、米軍が再駐留をはじめたフィリピンの軍事基地に近く、カーター国防長官は『スカボローで行動に出れば相応の措置をとる』と警告している。

米国の対中オプションにはほかに、軍事力の増強、対中経済制裁、さらに環太平洋合同軍事演習(リムパック)への中国の招待取り消しなどがある。有事になってもっとも困るのは、中国であることを認識させる必要がある。日米の貨物船は南シナ海を迂回することが可能で、米軍はすでに海上封鎖『オフショア・コントロール戦略』を視野に入れている。

外交的には、沿岸国のインドネシアがナトゥナ諸島をめぐる争いから、フィリピンに続いて仲裁裁判所に提訴することが現実味を帯びてきた。ベトナム、マレーシアも追随する余地があり、日米で支援することは可能だ。

日本にとっては、中国が東シナ海にシフトしてくる可能性を視野に入れなければならない。安倍首相は沿岸国とも協調して、多国間枠組みの構築を急ぎたい」。

「中国が力の行使に出る危険性が高い」は、正論である。それも東シナ海に、である。問題は、そのこと自体が安倍1強に追い風となり、野党共闘に逆風となることである。

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