2016年7月19日 産経「正論」 田久保忠衛・杏林大学名誉教授「日本が警戒すべき『米欧の病』」
産経の「正論」に田久保忠衛・杏林大学名誉教授が「日本が警戒すべき『米欧の病』」を書いている。
<国民が支持した外交・防衛路線>
「参院選は与党の大勝利に終わった。その分析は専門家や評論家諸氏に任せるが、日本の運命を左右する国際情勢の地殻変動に民進党と共産党を中心とする勢力には、到底、国連を負かすわけにはいかないと判断した国民は少なくなかったのではないかと思う。
安倍晋三政権の外交・防衛路線の継承を望んだのであり、日米安全保障条約を早晩、廃棄したり、自衛隊の解消(日本共産党綱領4、民主主義革命と民主連合政府)を公言する党と戦術上とはいえ、手を組んだ政治勢力に強い反発を覚えた人々は多かったに違いない。国際社会の荒波がいかに凄まじいか。これを無視する政党がどれだけ危険かを国民は本能的に察知したのではないか。
世界では米共和党大統領候補となるドナルド・トランプ氏と、国民投票の結果、欧州連合(EU)離脱を決めた英国――の2つが大きく取り上げられているが、これほど悪口を言われ続けている人とニュースも珍しかろう。
公器であるはずのマスメディアの多くが、どれだけトランプ氏は大衆迎合的で、デマゴーグであるかなどの悪罵を投げたか。英国のEU離脱はいかに国際化に反し、孤立主義的行為であるかの報道や解説もうんざりするほど目にした。甲論乙駁の決着をつけるため選挙を行うのはそれ以外にいい手段がないのだから、仕方がない。だからといって少数意見が間違っているとはいえないし、多数意見が誤りであると俄に断定するわけにもいかない。トランプ現象も英国のEU離脱決定も背景となる理由により強い関心を引かれる。
<危機的な状況が拡大している>
最近、私はリチャード・ハース米外交問題評議会会長が6月19日付読売新聞の『地球を読む』に書いた一文を感動しつつ読んだ。
『米国民のムード、経済好転でも不安と怒り』『内向き姿勢 世界の危機に』の見出しが物語るように、ハース氏は米欧が直面している危機的状況を訴えていた。
主な点だけを抜き出すと、①誰にでも上昇のチャンスはあるというアメリカンドリームは機会の減少に取って代わられた②不安と怒りは経済的な現実や心配事ではなく、犯罪、テロなどから身体的な安全を守れるかどうかから生まれる③社会保障の拡大は政府債務を記録的な水準に押し上げる④新たな雇用と消費者にとって豊富な選択肢をもたらす自由貿易は雇用喪失の責めを負わされ、支持を失いつつある⑤多くの米国民は外国への関与に白けている⑥人々は米国とともに負担すべきものを分担しない同盟国に不満を抱いている――である。
米国でも最高の知識人といわれるハース氏が指摘している大部分は、トランプ氏の見解と重なっているではないか。
関連するが、6月30日付ウォールストリート・ジャーナル紙書評欄で、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領の経済担当補佐官だったトッド・G・バックホルツ氏が『繁栄の代償』(“The Price of Prosperity”)と題する著書を刊行し、米国が罹っている病を抉るように説明したのを知った。孫引きで恐縮だが、彼は病根として出生率の低下、グローバル化した貿易、負債の増大、労働倫理の低下、多文化国家における愛国心の希薄化――の5点を挙げている。
国家が豊かになるにつれ、生産と富を維持するために移民に依存しなければなくなる。同時にグローバリゼーションの強化によって労働者は安心して働けないという不安を感じる。続いて発生する文化摩擦と心配は政府に対する不満を増大させ、国をまとめる愛国心を薄めてしまう。政府は政府で増大する債務で収拾がつかなくなる――という理屈である。これは米国の病気だけではなく、EU全体に共通する病状ではないのか。
<9条改正の機会が到来した>
英国はEU離脱を決めたが、北大西洋条約機構(NATO)には残る。が、EU第1の軍事力と情報力を有する英国はスコットランド独立さらにはアイルランド北部やウェールズの独立問題を抱えている。EU最大の経済大国ドイツは英国なしでEUにおける指導性を発揮できるのかどうか。日本と同様にドイツは安全保障面ではきわめて慎重だ。クリミア半島を強奪し、ウクライナ東部での緊張は続き、停止したとはいえ突然、ロシアはシリアの空爆を開始した。これに対してNATOはどのような措置を取ったか。シュタインマイヤー独外相は去る6月にNATOがポーランドで行った大規模軍事演習を批判し、『武力による脅し』ではなく、ロシアと協調すべしと地元紙のインタビューで語っている。
世界は『価値観を共有する民主主義国』対『力による現状変更を躊躇しない国』との区分が明確になったと考えていたら、米欧諸国は国内に大問題を抱えてしまった。日本は『先進国病』は免れているが、中国の膨張主義と米国の内向き姿勢の間で何をするか。憲法9条改正のまたとない機会が到来した、と私は理解している」。
氏が冒頭で指摘している「日本の運命を左右する国際情勢の地殻変動に民進党と共産党を中心とする勢力には到底、国運を任すわけにはいかないと判断した国民は少なくなかったのではないか」は、正鵠を突いている。参院選で改憲勢力が3分の2を超え、自民党が57議席で27年ぶりに単独過半数を得たのは、国民が野党共闘に不安を持ち、安倍1強に信を与えたからである。すかさず、解散・総選挙を断行すべきとなるが。