飛騨の山から世界を臨む

2015年6月29日 森本 創 - 木こり -
昨年、飛騨に移住しました。役場で転入手続きをする際、前住所が分からず調べてもらうと、番地も何もなくただ”モンゴル”だったので窓口の方が驚き笑っていました。というのも、その前の1年半は、就学前の息子たちも連れて家族4人で3ヶ月×7カ国の世界旅に出かけていたためです。

モンゴル、カナダ、ペルー、スペイン、カメルーン、トルコ、ベラルーシ、と各大陸から1カ国ずつ、各国では家を借りて滞在し、子どもたちは現地の幼稚園に通わせて、親の私たちは世界の子育て事情や先住民の文化を学ぶことを主な目的としていました。

地球規模で己の存在の小ささをポジティブに実感出来るようになったこと、家族4人それぞれの人生プロジェクトの一定期間を四六時中共に過ごせたことが良かったと思っています。

旅をする中で感じたことに、テレビや新聞のニュースでは、国の財政が破綻し経済危機に陥った国について暗いイメージで伝えられますが、実際にそこで暮らす人びとと出会うと陽気で満ち足りた生活を送っていて驚かされました。

例えば、私たちがスペインを訪れたのは、ちょうどスペインが経済危機で若者の失業率が50%とも言われていたときですが、朝食のためにカフェを訪れればどこもワイワイ賑やかで人びとはチュロスをホットチョコレートにつけて食べていましたし、夜は毎晩着飾って友人やパートナーとBARでワインを楽しんでいました。むしろ、経済危機に陥る国々は近年の高度なマネーゲームにしたたかでないだけで、人びとはのんびりと勤勉に働き、食糧や必需品の自給率が高かったり伝統的な文化や生活を守っている点では、好景気と言われる国よりもよほど魅力的な気がします。

また、独裁国家と聞くと窮屈そうですが、意外にもそんな国のほうが逆に治安は良くて旅をするのが容易だったりします。例えばカメルーンやベラルーシはそれぞれ独裁的な大統領が長く政権を握っていて、少数派や反対派を力でねじ伏せるための警察官や軍人も多いせいか一般に治安は良く、夜道も歩けます。もちろん両国とも抑圧される人びとの人権や汚職や貿易赤字など問題は多分に抱えていますが、少なくとも表面的には周辺国で見られるような大きな民族紛争が長く起きておらず、子連れの外国人旅行者が訪れることも可能でした。

さて、そんな旅を経て現在は飛騨に住み始めました。仕事は、雇われの木こりをしています。飛騨を選んだのは、里山の自然と文化が色濃く残る地に暮らしたいと考えたためです。私も家人も都会に育ったので、子どもたちとともにそれらを学ぶ日々です。

そして、木こりになったのは、林業の発展が地域活性化に欠かせないと考えたことと、ビジネスとして公共性が高く、雇用の受け皿としての潜在的キャパが大きいことに魅力を感じるためです。休みの日には、狩猟や炭焼きや養蜂、小水力発電や地域通貨の事業相談、味噌やどぶろく作り、自作のかんじきで雪山を登ったりと、昔からやりたかったことばかりで幸せです。

もちろん慣れない生活や仕事なので困難なことも少なくありませんが、それでも飛騨の地が私にとって心地良いのは、生活圏が程よく小さく、自分の暮らしが自分の手に負える範囲で完結している実感があるからかもしれません。人生にリハーサルはなく、主導権は自分にあることを覚えていられます。
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