宇都宮健児氏インタビュー「都知事選とリベラリズムについて 」

都政に対して向き合う、というものは見えなかったということでいいんでしょうか。

宇都宮:今回は保守系の候補が分裂していたので、野党に取っては非常にチャンスだったわけですよね。
だけど、やはりそれを活かせなかったというのは、やはり都知事選に臨むにあたっての政策とか、あるいは体勢の準備というものが、必ずしも充分ではなかったということが大きかったんじゃないかと思います。

一方でやっぱり国政がこれだけ二分されて盛り上がっている中、とは言え都知事の選挙なので、都の政策について築地問題然り、オリンピック然り、非常に課題は山積していると。

鳥越さんは結果的に、非常に国政にフォーカスした打ち出し方をされましたけど、宇都宮先生としてはやっぱり都政へのメッセージというのが大事だったというふうにお考えでしょうか。

宇都宮:やはり都知事選ですから、都民の生活がどうなるのかっていうのは、有権者である都民からそういう視点で見ていたと思うんですね。
だけど野党のほうは何となく国政選挙の延長線上で、鳥越さんもなぜ出馬を決意したのかというと、参議院選挙で改憲勢力が三分の二を取って、大変な危機感を抱いたからだと。だけど都政についてどうですかと聞かれたら、これから考えるということだった。
それから野党側も、都政についてどういうふうに臨むかというのは、政策協定が充分できないままに、知名度のある鳥越さんを担いで選挙戦に突入してしまったんですね。
国政選挙ではよく与党側から野党は野合ではないかと、民共の野合ではないかという批判がありましたけど、国政選挙では政策協定を作っているんです。
安保法制の廃止、集団的自衛権行使容認の閣議決定の撤回など、基本的な政策協定をやったあとで選挙戦に突入していますから、野合ではなくて大義があるんだと跳ね返していたんですけど、都知事選ではまさに野合という批判を受けてもしかたないような状態だったということですね。

それから、鳥越さんも言っていたし、野党のほうも、都知事選で安倍政権に一矢を報いるというような思いが強かったと思いますけど、そういう思いが実は都民を置き去りにしてるんですね。
都民の生活や暮らし、都政というのはやっぱり都民の生活や暮らしをどうしていくのかということが一番大切な課題になっているのに、有権者である都民からは、野党側の発信の中から自分達の生活や暮らしについての明確なメッセージが伝わってこなかった、ということが今回の結果につながっているんじゃないかと思います。

そういう面では、都知事選は有権者が1100万人を超えるかなり大規模な選挙なんですけど、やはり知名度頼り、知名度優先、それから勝てる候補探しを保守のほうがやった結果、猪瀬知事、舛添知事、二代続いて政治と金の問題で任期途中で辞職をしていることになるわけです。
本来ならそれは政策中心でちゃんと戦われるべきと思っていたんですけど、今回は野党側が知名度優先で、しかも究極の後出しジャンケンをやっちゃったわけですね。
だけどそれはやっぱり充分都政について検討した上での選挙戦ではなかったし、政策中心のものではなかったですよね。
それがまず野党側が惨敗した大きな要員の一つになっているんじゃないかと思います。

先生が以前ハフィントンポストのインタビューで「市民運動が賢くないといけない」と仰っていたと思うんですけど、何度もこれまで選挙をやってきたけど同じような問題が起きている。

これは反安倍として結束していたその熱量が逆に足を引っ張っていたのか、それとも、サンダースの例も出しておられましたけど、ずっと日本の市民運動の歴史を振り返ってみても、充分に成熟していない、まだ足りていないからなのか。
これはどういうふうに見たらいいんですか?

宇都宮:どちらかといえば、私は日本の市民運動はまだ成熟していないと見ています。
それは前回、2014年2月の都知事選の時も、野党の側から私と細川候補が出たわけです。その時に、告示前に私の陣営あるいは私に対して「降りろ」、「お前なんか勝てるはずがない」と、今回も私が出馬を辞退するまで、選対の事務所やここの法律事務所に連日「早く辞退しろ」というような電話とかメールが殺到したんですね。だいたい選挙事務所へのメールの7割から8割がそういうメールなんです。
でも考えてみたら、一方の候補に降りろというのも、これは非常に問題があるんですね。
細川候補の時も私達は公開の討論会を開いて、そこで一本化を考えるべきで、あらかじめ決めて一方の候補に降りろというのは大変失礼な対応じゃないのか、というお話をしたことがあるんです。
前回はそういう公開討論会も行われなかったし、今回も実質的には同じことをやっているわけですね。
しかも候補者を決める過程が、民進党が中心になって候補者を決めているわけです。
その候補者に他の野党三党も賛同する、その野党が決めた候補者に市民連合が賛同するという形になっています。

私は、市民運動というのは政党と対等な立場であるべきだと思っていますし、決める過程も、野党四党の中で開かれた公開討論が行われるべきで、その過程で市民連合が発言して、参加して、開かれた民主的な討論が行われる中で決められるべきだと思うんです。
だけどそれが全く密室の中で、しかも民進党の中でも二転三転して、最後に鳥越さんになった。一時は石田さん、古賀さんの名前も挙がっていました。
そこに市民運動が全然参加していないわけですね。政党が決めたから支持してくれと。
決める過程で自分達の意見も反映されて、民主的な討論が行われる中で決まったら、結束力が強まりますよね。
ところが突然決まった人について賛同を求められて、それを支持する形になったので、四党集まった力とか、そこに参院選で一緒に戦った市民連合、そういう大きな結束の力が発揮できなかったんじゃないかと思います。

普通は結束することによって、1+1が3とか4になるんですけど、今度は逆に1+1がマイナスになってしまったわけです。
野党の参院選の得票数を考えたなら、本来ならもっと肉薄するはずですよね。ところが小池候補にダブルスコアで負けて、しかも次点にもならず三位になって増田候補にも負けてしまった。
保守側の候補者の得票数との比較では3.5倍ぐらいになっているんですかね。
だからそういう惨敗に近い形になった一つの要員は、先ほど言った政策を軸に戦いきれなかったという点と、候補者を決める過程で、民主的な開かれた議論が行われないままだったということがずっと尾を引いてきているんじゃないかと思います。

市民運動がまだ成熟していないとは言え、ここ数年、SEALDs然り、若者の間にリベラルという言葉が広く浸透してきたと思います。

ただ、たとえば若者の運動でリベラルというと、一口に原発、憲法、反安倍というような動きが非常に声高に叫ばれています。
しかし先生の政策でもそうでしたけど、貧困だったり福祉だったり、本来リベラルというよりリベラリズムが重視すべき政策というのはまだまだいろいろあると思うんですよね。
どのようにして、リベラリズムを取り戻していけばいいのか、単純なアンチ政権に終わらないようにするにはどうしたらいいんでしょうか。

宇都宮:まず、日本のこれまでの市民運動の傾向というのは、集会とかデモが中心だったと思うんです。その場で盛り上がっていくと。
政権に対して反対の声をあげていくということが中心だったと思いますけど、日本の憲法というのは国民の主権というものを謳っています。
これは前文にも書いてありますけど、国民主権をどういう形で行使するのかというと、選挙で選ばれた代表者を通じて主権を行使すると書いてあるんです。つまり議会制民主主義の制度を謳っているわけです。
そして日本のいろんな法律とか制度というのは、国会で多数を取った人が決めていくわけです。
地方自治体でも多数を取った人達、選ばれた首長さんが条例を決めていく。
そうなると、デモや集会で盛り上がったエネルギーを選挙闘争に転換できること、選挙闘争に成熟しないとだめなんです。

ところが選挙という事を考えた場合に、これは国政選挙でも都知事選でもそうだったんですけど、有権者に対してメディアが「どういうことを重視して投票しますか」と取ったアンケートで、三、四割の回答が景気と雇用なんです。同じ割合で社会保障なんです。
原発や憲法とかになってくると、ほとんど一桁台なんです。
だから本当に選挙に勝ち抜こうと思ったら、国民あるいは都民が関心を持っている景気、雇用、それから社会保障について、保守側を上回るような政策とか、あるいは取り組みを示していかないと、勝てないのは分かり切ったことなんですね。
それが原発や憲法についての国民投票ということであれば、たとえば反対の人が多数であればそれでいいでしょう。
でも国民投票制というのは憲法改正の時だけで、一般の課題について国民の投票で決めるという制度ではなくて、あくまでも議会制民主主義なんですね。

それから、議会制民主主義ということであれば、たとえば都知事選を考えたら、都議会の圧倒的多数は保守の側、自民党と公明党がとっているわけです。
23区とか26市とかの区議会・市議会も、保守が強いわけです。
だから本当に都政を変えていこうと思ったら、まずは区議会とか市議会を変えていく必要があるんです。そこを粘り強く。
そして保守の側というのはどういう選挙戦をやっているかというと、選挙の時も選挙戦で一生懸命やるけど、日常的に、たとえば夏祭りに出たり盆踊りに出たりして住民、市民の側と接しています。
だからリベラルが勝とうと思ったら、保守を上回るような、住民、市民の中に入っていくような戦いが必要なんですね。

こんどの参院選とかに国政選挙でも、都市部が中心なんですね。
ところが日本の選挙区は47都道府県にありますから、農村部とかそういうところにも、そういう運動をどれだけ都道府県単位、市町村単位に浸透させられるかどうか、そういうことが鍵なんです。
そういうことを数十年やって初めて保守に対抗できる力ができるのであって、安保法制反対運動も非常に盛り上がりましたけど、そういうことを一発やって、あとはさよならじゃだめですね。
SEALDsも8月15日に解散するようですけど、ああいう運動は数十年単位でやらなきゃいけないんです。本当にそれをやろうと思ったら。

しかも参議院選挙は政権獲得の選挙じゃないですから。
政権を変えないと安保法制は廃止できないですよね、そうすると衆議院選挙を戦わなければいけない。
ところが衆議院選挙で一気に政権交代になるかどうかはわからないですよね、数回はやらないと。
そうするとそれだけを考えても、場合によれば10年単位で運動をどう構築していくのか、そのために東京や大阪、名古屋とかの都市部だけじゃなくて、北海道、九州、四国とか、そういうところの農村部にもどうやって運動を広げていけるかということを考えなきゃいけないですね。

日本の市民運動というのは、そういう選挙戦略、選挙闘争にあまり精通していない。
どちらかというとデモとか集会が中心で、実はそれをやっても変わらないんですね。
自分達の言い分を聞いてくれる議員を増やしていくしかないんです。議会制民主主義ってそうなっているんですね。
それを考えたら、あまりにも選挙闘争に精通・成熟していなかったということですね。

それは都知事選も同じなんです。
都知事選で勝つためには、私も二回経験して初めてわかったんですけど、街頭宣伝で人が集まれば盛り上がった形になるんですよね。ところが1万人集まっても、1100万人の有権者の0.1%なんですよ。
しかもそこに来る人というのが、ほとんど動員された形の人が多いんで、元々野党側の候補者に入れる人なんですね。
そうじゃなくて、ずっと遠くを見ると、無関心そうに青信号を素通りしている人がいるわけですよ。そういう無関心な人に、どうやってメッセージを伝えるか、政策を伝えるかが問われている選挙なんです。
そうすると最大の重要な活動というのは、街頭宣伝ももちろん重要なんですけど、テレビ討論の、開かれた場での公開討論なんです。ここで保守の候補を圧倒できるのかどうか、そして自分の人柄とか、そういうことを伝えることができるかどうか。
だいたいテレビというのは視聴率1%で100万人が見ている、10%は1000万人ですからね。
最近はインターネットでの選挙も解禁されたのそれも重要なんですけど、インターネットというのは高齢者がなかなか受信できないので、やはり全体を考えたらテレビ討論ですね。
そこでどうするかということなんですけど、鳥越さんに関しては最大のチャンスを自ら放棄しちゃったわけですね。
そうすると自分達の支援者が来るところで支援者が盛り上がることを話して、それを見てすごく運動が広がっているように見えますけど、それは全く誤りであって、保守の候補というのはそういうところだけに力を入れるのではなくて、都議会議員を通じて、区議会議員を通じて、市議会議員を通じて、支援者固めをやっているし、業界団体に対してもやっているし、そういう目に見えないところで支持固めをやっているわけです。
それ一つとっても、選挙闘争というのは、デモとか集会とは違った側面があるということですね。

若者の間でビラが配られ、国会の前に集まって、すごい事が起きた、変わったんだなと思える。

ただそれを十年二十年続けていって、草の根で運動を広めていって、コミットメントができるのかということが今後問われていくということですか。

宇都宮:選挙というのは一つの運動として考えるべきだと僕は思っているんですけど、一回目に私が出た時よりも、二回目のほうが実は得票率は上がっているんですね。前回は大雪だったんで、投票率が40%台だったんですが、得票率は20.18%なんで、今回鳥越さんがとった得票率とそう変わらないんですね。
だけど一回目よりは伸びてきた。
知名度が三回目はもっと広がったと思うんですけど、そういうふうに考えて、かつその間にこれまで関心がなかった人を組織化したり、若い人とか貧困層を組織化したり、新たな組織を広げていく。
選挙闘争を通じて、次のところに向けて準備するという形を繰り返していくべきで、一回一回の投票だけだとだめですしね。

都知事選をみてみると、市民運動をやっている人が勝てる候補探しをして、テレビタレントとかを当たって、誰かが唾をつけてくる、そしてその気にさせる、そうして選挙闘争をやっても、また負けちゃうわけです。そうして四年後にまた会いましょうと言って解散してしまうんですね。
美濃部都政以降、ずっとそういうことをやっているんです。
そういうのを私は「青い鳥探し」だと言ったんですけど、それをやっても運動は広がらないんですね。
だから私は一回目の選挙から選対を解散しないで、そして選対を中心に都議会傍聴運動をやったり、都政の勉強会をやったり、お隣の韓国ソウル、ここにはパク・ウォンスンという私と同じ弁護士が2011年から市長になって素晴らしい改革をやっているんですが、そういうことを勉強したりして、徐々に徐々に支援の輪を広げていく、あるいは政策も研ぎすましていく。

こういうことをやってきたんですけど、選挙が終わって都議会を傍聴していると、閑古鳥が鳴いているんですね、誰も傍聴しない。
こんどは舛添問題でみんなが殺到して抽選になったようですけど、選挙でもう終わってしまっているんですね。しかもその選挙っていうのは、通りそうな人を連れてくるのが活動だと。
そうではなくて、選挙闘争を通じて新たな人のつながりを広げていって、次に備える。
数十年そういうことをやろうと思ったら、保守をひっくり返せると思っていますよ。
私は三十年から四十年サラ金問題を扱って、貸金業法を全部変えて、しばらく前とは変わった状況にしてきたんですけど、政治を変えるというのはそういうものだと思っています。

最近サンダースの自伝が大月書店から出ているんですけど、サンダースさんっていうのは、民主党の大統領の予備選でヒラリー・クリントンさんと争ってました。
彼はずっと前から、今私が言ったような運動をやっていて、アメリカの下院議員とか上院議員をもう20年近くやっているんですかね、無所属でやってきているんです。
バーモント州というところで、共和党の牙城だったところで勝ち抜いて下院議員や上院議員になった。
その前はバーモント州で一番大きなバーリントンという市の市長さんをやっているんですけど、彼は最初下院議員とかバーモントの知事選に出てた時とかは、わずか1%か2%の得票しかとられてないんですね。
だけどだんだん選挙をやる度に仲間を増やして、若い人や低所得層に働きかけて、組織を広げていった。
そして投票に行かせる、投票率を上げる、といったことをやる中で、市長に当選して、市長を八年ぐらいやって、そして下院議員と上院議員をやって、もうバーモントというのはサンダースの牙城みたいになったんです。民主党と共和党に勝ち抜いて。
そして彼が今回大統領選でやろうとしたことは、バーモントでやったことを全米でやろうとしたわけですね。それでサンダース旋風をやった。
彼は一回で大統領選に勝とうと思っていないんです。
この間サンダースを支持した人達をまとめあげて、組織して、次に挑戦をやろうとしているし、次に向けて、サンダース以外の候補者を場合によれば準備する。
つまり、一回で変えるんじゃなくて、選挙を運動として捉えて、少しずつ変えていく、こういう戦略を持たなきゃいけないのに、日本の市民運動は、政治は政党がやること、市民運動はただデモと集会をやること、そういうことと考えている。
わずかに今回そういうところを抜け出たのは、初めて安保法制廃止の運動だけじゃなくて、通ったあとも参議院選挙に市民運動が参加することになった、これは画期的なことなんです。

だけどこれは、何十年も前からやらなきゃいけなかったことなんです。
1960年の60年安保というのは、今回の安保闘争に匹敵するぐらい、それ以上に盛り上がったんですけど、その結果岸内閣は退陣したんですけど、そのあと選挙闘争はやらなかったわけですね。
安保条約は通ってしまった、改訂されてしまったんですけど、選挙闘争にいかなかったわけですね。
ところが今回は選挙に関与しようとしたことは一歩前進ですけど、だけどこれからですよね。よちよち歩きですよね。選挙にやっと関与した、そうしたら、ああこんなに大変なことなんだ、っていう。
だけど、保守の支配を変えていくためには、もっと長期的な展望を持って、東京や大阪、名古屋っていうところだけじゃなく日本全国をどう変えていくのか、そのためにはどうすればいいか。

それから本当は、選挙闘争のルールを決めているのは公職選挙法なんですね。これは既存の政党とか既存の国会議員なんかに非常に有利にできている。だから世襲政治家が生まれるわけです。
そのルールを民主化するということも考えなければいけないんですけど、戦後ずっと同じ法律が続いていっている。
この法律の原点というのは1925年の普通選挙法に遡るんですけど、この普通選挙法というのは治安維持法と同時にできた法律なんで、確かに被(削除)選挙権は税金を払っているかどうかに関係なく25歳以上の男子になったんですけど高い供託金制度とか個別訪問の禁止とかビラの制限とか、もの凄く既成政党に有利になっているんです。
だから市民運動には不利になっています。
そういう制度を変えることも、これからやらなきゃいけない。
もっと選挙闘争を本当に腰を据えてやるような運動をどうやっていくのか、そこの端緒というのは今回の参議院選挙だと思ったらいいですよね。

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