古川元久 インタビュー全文
イントロダクション
インタビュアー:
本日はこういう機会をいただきましてありがとうございます。
僕元々Facebookで古川先生の事フォローしてまして。
古川元久氏:
はい、ありがとうございます。
インタビュアー:
元々グリーンエネルギーですとか、宇宙開発の事にちょっと興味があって、それで古川先生がそちらに御詳しいという事で、存じ上げてたんですけれども。それで今日もFacebookの方で、娘さんの、、あれは朝顔でしたか、画像を拝見いたしまして、今日も仲良くされてると思ってきたんですけれども。
若い人に政治の関心を持って貰いたいなと問題意識を持っていまして。はい、それで、あの、古川先生の方の、
そう言った、言わばパーソナルな部分についてお伺いしたくて、ご質問させて頂きます。
古川元久氏:
はい、はい、ありがとうございます。
休日の過ごし方について
インタビュアー:
休日とかは、どういう風にお過ごしされているのか、ちょっと興味がありまして。
古川元久氏:
そもそもね、我々に休日っていう概念はないんですよ。
インタビュアー:
苦笑。休日ないんですか?
古川元久氏:
基本的にないです。
インタビュアー:
え、いつ休んでるんですか?
古川元久氏:
だから、休・・・どうしても休まなきゃいけない時に、休むって言うかね。
インタビュアー:
うんうん。
古川元久氏:
例えば娘の幼稚園の父親参観があるってなると、まぁ、そういう時ぐらいね。基本的になんか我々別に、だから土日休みって言う風でもないですから。
まぁ、たぶん自営業の人ってそうだと思うんですけど、誰でも。別に我々だけじゃなくて。休もうと思えばそりゃ毎日日曜日でいいんですけれども。
そしたら、全部休んだら休んだ分だけ、ずれて自分に来ちゃいますから。基本的に私が何か休日を設けたりとか言う事はしてないですから。まぁ普通は、あの、別に土曜日日曜日関係ないです。
インタビュアー:
土曜日とか日曜日って大体どんな事されてるんですか?
古川元久氏:
土曜日日曜日は地元に基本的にいますから、やっぱり、地元の色んな行事とかね、あった所に顔を出したりするとかね。
あるいは土日にいろんな地元での、こうまた、色んな自分でもまた報告壮行会等やっていますから、そういうのもありますから。やっぱりどうしても、土日って言うのは地元でいますから。
まず土日に休むって事はまずないし、平日はまた平日でいろいろあるので、まぁ、あの、一年の中でどうでしょう。
休みを取るのは、まぁせいぜい2、3日。
インタビュアー:
(驚き)2、3日ですか?
古川元久氏:
ぐらいじゃないですかね。まぁ普通ですよね。
インタビュアー:
夏休みとか、って?
古川元久氏:
なー、まぁね、えー、それこそ、昨日はね、今年入って初めてくらいですけど。その、ちょっとね、もう娘が、あのー、海に行きたいとかって言ってて、夏休み始まったじゃないですか。ねぇ、今週、あの週末から。で、全然その要は、結構この夏の時期って、土日とかなんかは色々盆踊りとか色々地元で入ったりとかするんです。で、まず休めないですね。
たまたま昨日の海の日だけは、そういう盆踊りしかなかったから、まぁ、ここで行かないと、もう、娘もちょうどね、海つれてっててね、海だととてもじゃないけど行けないから、近くのプールに連れて行って、それから結構日焼けしたんですけれども。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
だからまぁ、それはもう、そうやって、この日はちょっと娘を連れて行くかって風で。
休めば休めるんですけど、そうじゃない限りは、本当言ったら、もう、空いてる所って言うのは 常に色んななんかの予定が入っているんですけれども。昨日はたまたま、娘の、そうね、夏休みのなんか、まぁ思い出を作ってやらなきゃいけなくて、でプールに連れて行って遣ったのと。まぁ、お袋が、つい先週、まぁ、ちょうど誕生日だったんで。
インタビュアー:
へぇー。
古川元久氏:
で、全然あのー、普段、僕らはあんまり会っていないので、夜は親父とお袋とか、まぁ、ご飯。
誕生日のお祝いって、うちの家族と、こうまぁ、食べさせに連れて行って、って。
まぁ。そういった意味では、昨日は、まぁ、そういった意味では休みですけど、
だから休むときはそういう風に家族の事、言えば、休まなきゃいけない。そうしてもこれだけでなきゃいけないな、とかやらなきゃいけない時に休みをとると言っただけであって。そうじゃない限りは言ったら休みはないと。
インタビュアー:
ずっと仕事ずくめって言う事なんですよね?
古川元久氏:
逆に言うと、その、そういう風だからかも知れないですけれども。私なんかほとんど風邪引くことがないっていうか。ちょっと体調悪くても、しんどくなっても、寝込むとかと言う事は、まず、この、どうですかね、この何年間で、ほとんどないですね。
インタビュアー:
そんなに、お忙しいのに、ですか?
古川元久氏:
多分そんな休まないから、これで休んじゃうとどっかで、風邪とか引くんじゃないかと思うんですけど。
インタビュアー:
あ、ずっともう動き続けていつも元気みたいな。
古川元久氏:
そ、そうなんですけれども、あ、どうぞ、どうぞお茶飲んで下さい。
インタビュアー:
はい。ありがとうございます。
家族との時間について
すごい家族思いですよね、古川先生。Facebook伺ってても、その娘さんの事とか。ブログの事、とかでも見てて。
古川元久氏:
ていうかやっぱりね、まぁ、あのー、家族があって初めてやっていける事ですし。で、まぁ、誰かが今ね、これ趣味みたいな感じはありますけど、まぁ、あのー、まぁ本読んだりするのは好きだけど、でも基本的に時間があればね、家にいて時間があればやっぱ子どもと、子どもの相手をしてる方が(好きですね)。
インタビュアー:
へぇー。
古川元久氏:
まぁ、一番それがね、自分も、安らぐ時だし。
でまぁ、最近たとえばちょっとね、こう。Facebook見ていただいたら分かるんですけれども、犬を飼ったんですよ。
インタビュアー:
笑。は、拝見しました。
古川元久氏:
チワワをね。これは、ちょっと、うちの娘がね、女の子なのに、乱暴だから。
インタビュアー:
笑。乱暴なんですか?
古川元久氏:
外で、感受性の、ある子になるにはやっぱりこう、生き物を大事にするというか。そう、おもちゃとか、そのボンボン投げつけたりするからね。
インタビュアー:
へぇー。
古川元久氏:
その犬には投げつけないですよ?だから、もうちょっとね、穏やかな、そういう女の子にですね、育ってもらおうと思うと。まぁ、元々うちの家内ですとかすごく犬好きで。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
ずっと犬がいたんですよね。で、うちの家内なんかは、ずーっと犬と一緒にあれしてたんですけれども。ちょうど上の子が、その、3歳の時に、もう17、8年飼ってた犬が亡くなって。で、ちょっとその時に、
まぁ、本当は新しい犬が欲しいっていったんだけど、上の、その息子が犬アレルギーであることがわかったんで。
インタビュアー:
苦笑
古川元久氏:
で、犬の毛とか見ると、本当ばーって赤くなってかゆくなるんですよ。で、あのー、だからそれで、飼えなくなっちゃって。ずーっときたんですけど、まぁ、上の子も、この前に中3になって大きくなって。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
まぁ、これぐらい(の大きさ)ならいいんじゃないかってのと、さっきいったような下の娘がちょっと乱暴者なんで。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
少しそういうね。犬飼ってからはね、そう、犬もなかなか、かわいいんで。そう、ちょっと時間があれば、犬の相手をしたりとか。子どもの相手をする。今ね、上の子は中3ですから。
インタビュアー:
うんうんうん。
古川元久氏:
あんまりねぇ。だから、相手にならないですけど。まぁ下の娘はね。えぇ。
インタビュアー:
その、乱暴なのはなんで?古川先生に似られてとかそういう?笑
アニメ・漫画・特撮作品について
古川元久氏:
いやぁ、なんにせよ、でも、今の女の子たちって、例えば、やっぱり。ねぇ、プリキュアって知ってます?ああいうの見てると、ねぇ、もう、娘と一緒に見たりすると。すると、それこそ昔のー、ね、ヒーロー戦隊者と変わらない、こう、キックだ、パンチだ。
インタビュアー:
あー。確かに。そうですよね。
古川元久氏:
ほとんど、なんか、ドラゴンボールの世界でね、やっていますからね。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
ああいうの見てればやっぱり、強くなるわな、と思いますよね。
インタビュアー:
確かにそうですよね。プリキュア見てると、確かに戦ってるシーンとかたぶんある。
古川元久氏:
そう。
インタビュアー:
それ込みでマネしてみたいな。で、古川先生がこう、やられてたりする事は?
古川元久氏:
え?いやー、僕、結構やられてたりするんですよ。今は、男の子のものが、ねぇ、それこそ昔仮面ライダーやってた藤岡弘さんという、それこそ、昔はその、ヒーローってのは、彼女なんかいなかったが、今の仮面ライダーってみんな大体彼女がいたりするんですよね。
インタビュアー:
笑 確かに。
古川元久氏:
大体ヒーローが、彼女があっていいのかと。笑。まぁ男のヒーローの方がどっちかって言うと、そういう意味で、軟派でね。
インタビュアー:
あー。
古川元久氏:
女の子の方のヒーローの方が、ヒーローじゃない、ヒロインか。もう、これは、強いんですよね。今ね。そういう影響あるんじゃないか、って思うんじゃないですかね。
インタビュアー:
確かに。古川先生がお若い頃、その、あのー、戦隊系とかに憧れたりされたとかはあるんですか?
古川元久氏:
まぁ、僕なんか、まさに仮面ライダー1号2号のあの世代ですからね。
インタビュアー:
あー。まさに初期の。
古川元久氏:
そう。そういう、こう、ストイックな、ちゃんとヒーローって言う、ウルトラセブンとかって。うん、まぁ、ウルトラマンとか、仮面ライダーのそういう時代ですからね。
インタビュアー:
うんうんうんうん。そういう番組はご覧になられたりするんですか?
古川元久氏:
あー、昔のはね、見てましたよ。ウルトラ7、ウルトラセブンとか、仮面ライダーなんか好きでしたから。仮面ライダー崩れみたいな感じですからね。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
自分で、あのーね、親なかなかそんな買ってくれないから、自分で変身ベルト作ったり。
インタビュアー:
えー!
古川元久氏:
結構工夫して、あれしましたよ。やりましたよ。
インタビュアー:
へー。
古川元久氏:
えぇ、やりました。ライダースナックも沢山買ったし。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
あんまり知らないかもしれないけど、昔とその、カード欲しいが為に、ね。要するに今のAKBじゃないけど。中は食べるんじゃないけども、そんな食べれないんだけど。そのカードが欲しいが為に、こう、スナック菓子を買う、みたいな。そういう事ありましたよね。
インタビュアー:
今でもまだプロ野球チームチップスとか、まだ残ってたりするんですかね?
古川元久氏:
あー。ね、昔もありましたけれども。
インタビュアー:
あ、本当ですか?
古川元久氏:
はい。
インタビュアー:
ふーん。はい、結構な、そういう、一面があるんですね、すごい意外だったんですけれども。今でも、なんかこう、漫画とかって、ご覧になったりする事ってあるんですか?
古川元久氏:
うん、まぁーねー、最近読んだ漫画ってのはね、宇宙兄弟っていう。あとまぁ、息子がワンピースが大好きで。ワンピースも私も息子が全巻持ってるんですよ。
インタビュアー:
えぇ、えぇ、えぇ。
古川元久氏:
で、まぁ、ワンピースばっかで。息子の部屋行くと色んなものがワンピースのね、ポストとか貼ってあったりとか。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
で、まぁ、漫画ばっかり読んでるって怒ってたんですけど。いやぁ、ワンピースは結構なんか奥が深いって話を聞いて。で、ちょっと、わー、それこそ、今年の正月か、実家に帰った時に、時間があったときに、なんか、ちょっと息子から、お前ちょっと貸せ、って。ワンピースをね、7巻ぐらいまで読みましたけど。笑
インタビュアー:
あー。沢山ありますからね。
古川元久氏:
え、だから今何巻?69巻か70巻くらいあって。
インタビュアー:
うん。
古川元久氏:
息子から、お父さんまだあるよ、って。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
なかなか今まだ、読めてないんですけれども。
インタビュアー:
そうですね、なんか、結構ワンピースから見るリーダーシップ論を、みたいなってのも。結構ありますよね。
古川元久氏:
うん。なかなか色々ね。まぁ、そういう意味で、ワンピース読んでみると、うーん、まぁ、そんなに悪いってかね。あのー、悪いって言うか、要するに、まぁ、漫画ばっかり読んでる息子を見るとね。
インタビュアー:
うーん。
古川元久氏:
問題だと思ってはいるんですけれども。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
まぁ、でも、うーん、読んで悪い漫画という訳じゃないなと言う風に思いますけれども。
インタビュアー:
はぁ、はぁ。結構勉強しろって風に、つい言いたくなっちゃうみたいな?
古川元久氏:
まぁね。どちらかと言うと。ちゃんと勉強してくれ。勉強やった上で、読むんなら、いいですけれど。そうじゃないと困るんですけれども。
若いころの自身の興味・関心について
インタビュアー:
若い頃、結構勉強とか苦じゃなかったですか?あのー、そのぅ、小学生、中学生でしたか?あ、小さい時は?
古川元久氏:
いや、そりゃ、勉強は苦ですよ。いや、勉強は苦ですけれどもなぁ。いや、だから、勉強が好きだと、そりゃ学者にでもなったかも知れないですけれども。
インタビュアー:
あぁー。それ以外の所に関心ていうか、こう、自分のやりたい事に、じゃなくて、あのー。
古川元久氏:
て言うか、あのー、やりたい事をやる為に逆に、勉強しないといけない。逆に勉強ぐらいはできた。勉強はやればできた、というのがありましたから。
インタビュアー:
小さい頃に夢みたいなのって、何かあったんですかね?将来、たとえば、こんな職業に就きたいとか。
古川元久氏:
ちょうどねぇ、僕が小学校の頃に、まぁ、今ニュースウォッチ9ってのがあるじゃないですか。
当時ね、ニュースセンター9時ってのが始まったんですよ。
報道番組の走りがニュースセンターっていって。で、あの最初のキャスターが磯村さんっていう、知らないでしょうけど。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
うん。そういう人が出てて、まぁこれは非常に、こう、今まで新鮮な。今までで、ニュース読む人って言うと、まぁ、NHKニュースと7時のニュースの間に流してたって言うのが、いわゆるキャスターって言うのがはしりで。まぁ、そういうのなりたいなって思ってた事があった、とかですね。
インタビュアー:
へぇー。どちらかというとそういうジャーナリスティックな方に行こうって言う。
古川元久氏:
ジャーナリストって言うかまぁ、別にテレビに出て、色々コメントをする、ね、うん。別にジャーナリストって言う風じゃなかったかもしれないですけどね。
インタビュアー:
経歴を拝見させて頂きまして、そういった時にコロンビア大学院の方にいらした。と聞いたんですけれども。あの、そちらの方で、この、今すごい留学が流行っているじゃないですか?今年も、あの、「トビタテ!」という企画が政府の方でありまして、こう学生が自分から留学プランと言うか、海外でのプランを、計画して、それで、僕も友達も、アフリカの方に、こういう事業を慕っているっというのを企画している。今アフリカに友達もいるんですけれども。
古川先生がお若い時に、コロンビア大学院とか行かれた時に、何かこう、すごい転機になった事ってありますでしょうか?
コロンビア大学院での転機
古川元久氏:
私がコロンビア留学していなきゃ今頃まで、役所にいましたから。アメリカに留学しなきゃ、間違いなく、あのー、政治家にはなっていないです。
インタビュアー:
どういう経験が政治家への道、っていうか、関心を引き出した?
古川元久氏:
まぁ、この話をすると2、3時間かかるんですけど。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
まぁ、一言で言えばね、 えーやっぱり、その外から日本を見てですよ。うん。やっぱりこのままでいいんだろうか?という風に感じた事と、それと、まぁ、要は日本の将来ね、良くなるか悪くなるかっていうのは、これは、結局今生きている我々の世代、まぁ、当時私、27でしたけど。
古川元久氏:
まぁ、自分たちが頑張るか頑張らないかによっているんだなと。まぁ、その事に気が付いたって事は私が今政治家になってね、少しでも良くしようって思ってる、最大の理由なんですね。まぁ、あのー、えー、ちょうど私が、留学した頃ってのは、まぁ、今でも、1ドル100円だって円安だって風に言ってますけど。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
あの当時もちょうど1ドル100円くらいだったんですけど。しかし、それは、その、数年前に、、プラザ合意って言うのがあって。プラザ合意の頃には、前には1ドル320円とか、それぐらいだったんですよ。それがずーっと円高が進んでいって、でまぁ、1ドル100円ぐらいになったんです。でー、まぁ、これ1ドル100円、円高進むって事は、政治部にとっては結構大変。ね、輸出産業にとって大変なんですけれども。
いわゆる消費者っていう立場から見ると、そのまぁ、皆さんの世代がね、海外行くのが非常に普通、とかね。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
私だって、海外に出たのは、海外旅行したのってのは、大学4年生の卒業旅行で初めてで、それまで飛行機乗ったこともなかったし。海外行くってのはね、やっぱりすごい高いって話だから。
ある種、やっぱり、この円高が進んだ事によって、海外旅行ってのはこう、一気にやっぱり、安く行ける様になった訳ですよ。
インタビュアー:
はぁー。
古川元久氏:
そりゃ円が三百何十円ですよ?
そりゃあ、旅行代だけでどれだけ違うのかって話になるし、向こう行ったって、買い物するのも、ねぇ?
1ドル300円と100円じゃ全く違う。3倍の価値があるわけでしょう?
インタビュアー:
えぇ。
古川元久氏:
うーん。だからね、わずか、30年くらい前には1ドル300円ぐらいしていた訳ですから。うーん、そういう頃だったら。それこそ、日本人が外国行ったって、買い物しようにも、こうお金が、物が高いし、ってそういう時代だった訳ですよ。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
で、まぁ、逆に言うと100円だと、ね、ちょうど、私、まぁ、役所からの転勤話で、コロンビア行ったんですけれども。同じ給料貰っててもね、まぁ結構いい生活できる。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
たとえば日本の中だと、ほとんどお寿司なんかと言うと、高くて食べられなかったんだけれども、ニューヨーク行くと、全然、日本より安い値段で、結構、良いお寿司が食べられたりして。
あー、ニューヨークだとむしろお寿司、美味しいお寿司でね。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
やっぱり日本だとお寿司って高いから、ね?えー、スーパーで買うぐらいでしかね、食べれないけれども。 お寿司屋さんに行っても、寿司食べても、ニューヨークで食べれば、安く食べられるんだけれども。で、ニューヨークのお寿司屋さんに行ったりもしたんでけれども。
そのように、良い生活が出来た。まぁ、当時私がアメリカ留学したのは、ちょうど19、、21年前から20年前、でしょうね。20年前7月の時帰ってきて、市役所辞めたんです。
当時、ちょうど、当時日本がバブルが崩壊して、これからだんだん日本が悪くなるんじゃないかなぁ、って
風に言われてた時にですね。まぁ、私なんかもそんな感じで思ってて。で、まぁ、当時このちょうど一緒に留学してた、
同じ世代の日本人とかね、あるいは向こうで仕事してた、同じような世代、結構いるんだけれども。そういう連中と、ね。日本はこれから、だんだん悪くなるから、ねぇ、このまま、アメリカに居ちゃっても良いんじゃないの?というような話も結構あった。
で、私らもそういう風に、そうかなぁと思ったりしたんだけれども。その時にたまたま、私がその当時仲良くしてた、親しくしてた、という風な、銀座のソニービルとかあるいは霞ヶ関ビルとかを設計した、芦原義信先生って言う建築家の先生がいらっしゃって、もうその方今は亡くなられましたけれども。
インタビュアー:
へぇ。
古川元久氏:
で、まぁ、この人は、ちょうど戦後のまだ、日本が占領時代にアメリカに留学をした。という経験があるそうです。この人は私が留学を決まった時に、留学する直前に、送別会をしたんですけれども、送別会してくれた時に、こんな事いったんですよ。
「古川くん良い時に留学するなぁ。とにかく自分が留学した頃は1ドル360円です。しかもガイドを連れて行くっていう制度もあって、もう行き来できるのか」って言われて。まぁ、とにかくアメリカに行ったら、何でもものを買いなさいって。ちなみに戦前は1ドルいくらだったかご存知です?
インタビュアー:
戦前ですか?プラザ合意前は、わかりますけど、戦前はちょっと分からないです。
古川元久氏:
戦前は1ドル2円だったんですよ。1ドル2円が戦争に負けて、1ドル360円って、いわば、価値がドーンと下がったわけです。
だから戦前はそれぐらいの日本円とドル。というのは、その、今は1ドル100円でもね?高いっていうか円高だって言うから。 戦前は1ドル2円。まぁ、もちろん円の価値もね。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
当時の1円ってのはすごい。今よりずっと価値がありましたけれども。まぁ、それが戦争に負けて、えー、あのー、価値が180分の1になっちゃった。そういう事ですよね。で、まぁ、そういう時代で、留学をした、と。とにかく何でもものが高いっていうか。で、まぁ、当時の日本はとにかく食うや食わずやで。 東京あたりなんか色んな所、闇市なんかや、治安も決してよくない。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
そういう時代にまぁ、その先生がアメリカ留学してまず驚いたのが、そのー、アメリカの家電や冷蔵庫っていうのがあって。まだ日本には当時冷蔵庫もない時代に。で、そこをあけるとふんだんに食べ物が入っていると。
日本じゃ、食うや食わずやの時代に、この冷蔵庫みたいなものがあって、えー、中には食べ物がいっぱい入っているんです。世の中に、こんなね、豊かな国があるのか、まずびっくりしたと。
インタビュアー:
へぇー。
古川元久氏:
またある時に電話ボックスに行って、財布を忘れたと言う。で、翌日行ったら全く同じ場所に財布がそのままおっこちてたと言うんです。
今のアメリカじゃちょっと考えられない話ですけど、当時のアメリカでね。この人はハーバードに留学してたんで、それはボストンでの話だと思うんですけれども。
当時の日本はそんな、闇市なんかとかがある、軒を、軒並み並んでいるような時代ですから全然治安なんかよくない
んですよ。そういう社会から言ってみたら、その財布を忘れておいてあるのに、翌日行ってあるなんて言う事は
信じられないんです。だから、それを見て、世の中にね、“こんな、要は安全な社会があるのか”ってそれもびっくりして。いつか、日本もそういう社会にしたいと思って、帰ってきたんだよな、ってそういう話をしてくれたんですよね。
インタビュアー:
ふーん。
古川元久氏:
その話を私が思い出した時に、今自分たちが、自分がそういう良い生活できるのはなぜかって言ったら、それはそういう先人たちが頑張ってくれたから今の社会があるんですよ、と。じゃあ将来日本が悪くなるのは、要は誰が悪くするんだ?っての。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
別にそれは、誰か他人が悪くするんではなくて。結局今生きている我々が、努力しないで、
将来、日本は悪くなるよね。って、そんな所はまぁ捨ててね、じゃあ、アメリカ行っちゃおうかってね。
そうやってみんな自分勝手に動いたら、結局将来は悪くなる、と。だから、日本を悪くするのは別に誰かじゃない。他人じゃなくて。
それはやっぱり今生きている我々じゃないか、と。
結局今生きている我々が努力しないで 他人じゃなくて今生きているわれわれじゃないか。まぁ、僕はその事に気が付いたんで、やっぱり、ね、悪くなるんじゃないか、そうだよねって、言っているんじゃなくて。やっぱり、それは将来を良くするのも悪くするのもやっぱりそれは自分達なんで。やっぱり、ここまでね、そりゃー、先人達があの戦争の焼け跡の中から頑張って、えー、良くしてくれた訳ですから。
やっぱり、それを少しでも良い社会にして、次の世代にちゃんとバトンタッチするのが。まさに皆さんたち世代ですよ。まぁ、バトンタッチしていくのが、今生きているやっぱ我々の世代の責任じゃないかと。
インタビュアー:
うーん。
古川元久氏:
私はその事に、アメリカにいって気が付いたんで、うーん。それであれば日本は悪くなるよね、って。日本ははやく捨ててはい、さよならー。って。自分はアメリカに行きましょう。そういう、自分勝手な話じゃなくて。やっぱりそこは日本を良くするのにね、頑張ろう、と。そう思ったんですよね。
インタビュアー:
それで、政治の道に、こう、行こう、って言う。
古川元久氏:
そうです。えぇ。
インタビュアー:
たぶん、そういう当事者意識がおそらく、湧いたと思うんですけれども。ブログだったと思うんですけど先日、
古川先生が、えっと、どこかの大学か忘れてしまったんですけれども、若者と、一緒に政治についてのディスカッションをする、みたいな。
あのー、イベントにご参加されたっていう記事を拝見したんですけれども、あのー、なかなか人があまり集まっていなかったようで。えっと若者の政治関心ってどうやったら上がっていくんだろう?みたいな事、確か記事で書かれていたかと思うんですけれども。
政治・政治家のおもしろみとは?
僕が思う、思いを感じるのは、やっぱり、優秀な人材が今、こう、政治じゃなくて、また別の、えっと、起業したりとか。そういった経済の分野に結構流れていってるような、気がするんですけれども。あの、もし、若者に、、優秀な人材も含めて、「政治家に行くとこういう面白いことがあるよ。」とか「こんな事ができるよ。」って伝えるとしたら、こう政治家の面白いって所はどんな所なんですかね?
古川元久氏:
僕はみんながみんな政治家になる必要はないと思うんですよ。優秀な人間が別にみんな政治家やる必要は全くないと思う。色んなどんな、職業の分野で努力すれば良いと思うんです。だからみんなが別に政治家に集まってれば良いってもんじゃないと思う。
それは、だから、政治の関心のある人がやればいい、と思うんですけれども。ただ、あの、政治家って言うのの、こうまぁ違いは 何かっていうのか、というかやれる事といったら、まぁ、私なんかも別に最初やろうと思った時に、別に、あのー、どこの党から出るとか決めてなかったですし。まずは一人で始めた。後で、自分で思っているのは政治家ってのは、
言ってみれば、多くの人にね、自分の考えを、こう伝えていく。
ある種、宗教の伝道者と良く似ているようなものかと思っているんですよ。だから、別に私はね、自分が神だとも思っていないですし、だから、あのー、私が、こうやりたい事は何かって言ったら、さっき申し上げたようにね、自分が気が付いた事を、それを、こう、他の人にも伝える。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
それ例えば、○○さんなり、自分ではそういう風に思って、いわば、僕は気付きを与える、ってのが一つの役割ではないかと思う。これは、政治家が出来る事だと思う。他の人よりも、一人でも多く、より多くの人に、そういうね、伝えるチャンスがあると言う。
他の職業よりも、うーん。で僕はやっぱ世の中ってのは最終的には、一人ひとりの意識が変わらないと、そんなリーダー1人が、なんかねヒーローみたいな人が出てきたとしたら、ね?それで全てが変わるかって言うと、そうではないと思うんです。
インタビュアー:
ふーん。
古川元久氏:
逆に言うと、そういう場合は、この人が仮にいなくなっちゃうと、また元に戻ってしまう、ってのがある。最後は、こう一人ひとりの意識が変わっていかないと、変わらないと、思うんですよね。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
で、そういう一人ひとりの意識を変えていくには、やっぱ、気が付き、気付きがなけりゃいけないんで。まぁ、そういうね、まぁ、自分自身が、私なんか気が付いた事、
それを他の人にも、伝える。それで、その場の人も、気が付いて、行動が変わっていけば、その、こう、積み重ねが最終的に世の中を変える事に繋がっていくんじゃないかと。
「人に気付きを与える」いわゆる「きっかけを与える」事が出来るってのは、私は政治家のね、大きな魅力じゃないか
と思いますけどね。
インタビュアー:
あー、なるほど。なかなか政治家は、若者からすると、なかなか志すきっかけっていうか、動機が見つからない部分が結構あると思うんですけれども。そういう気付きを与えるって事が一つ、政治家のやって面白い所、と。
古川元久氏:
私の場合はね。
インタビュアー:
うーん。
古川元久氏:
だから、あのー、政治家に、こう、何を目指すのかって、何を、こう求めているかによって、こうやっぱ違うと思うんですけど。私の場合は原点がそこにあるんです。
まぁ中には、率直に申し上げると、バッジを着けたいから、って言う人も居る事は事実ですよ。 少なからず、
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
ね、だからそういう所が見透かされて、政治に対する不信がある、ことも事実だと思います。
でも、まぁ、ある種そこの所は、政治家ってのは、これは、選ぶのはみんな、国民であるわけだから。
それで、選ぶ人達の、そこはまさに、そこは選択権にゆだねられているんですよね。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
どういう人を選んだって良い訳ですよ。で、私の場合はそういう事を伝えていく事をやりたいと思って。それで、訴えてますけれども。えー、そこは、色んなやり方があっていい。
自分なんかは、色々な試験は得意な方でしたけれども。ペーパー試験と政治家とは全く違う何かって言うと、ペーパーなんかは決まった解答があるとか、正解があるって事だけれども、選挙ってのはそうじゃないから。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
うーん。それぞれ、あの、有権者の人達が、あのー、投票するのは、あのー、それぞれ主観で決めて良い訳です。うーん、例えば、ね。私、あいつの顔が気に入らないから、俺は古川に入れないって言ったって。それだって、それは、否定できないです。えぇ。そんなのあなたの勝手じゃないですか、って言うかもしれないけど。
そりゃ勝手に投票して良いって。だから。それが選挙ですから。
うん。だから、ある種、そういう意味で言うと、私が選挙に出るというのは、利害で繋がっている人は別ですよ。
そうじゃない人から見てみたら、ごく普通な人、一般的な関係から見たら、投票する基準は、言ってみれば人それぞれ。百人居れば百人十色。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
逆に言えば、それだけの人から、こう、チェックをされる、という意味では、自分の言わば、鍛錬という意味では、それはそんなペーパー試験なんかと比べ物にならないぐらいに、試されるわけですよ。うーん、言わば360度頭のてっぺんから足の裏まで、こう、言わば、ね。嘗め回されて、こう見られて
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
それでこう判断されるという意味では、まぁ、私なんかそういう意味でいうと、あのー、政治家になって、言わば、良かったかなー、と思うのは。常にそういう意味では人からは見られる、と。
うん。それにやっぱ答えられる自分になって行かなきゃいけない、っていうのが、それで、ある種まぁ、自己鍛錬っていう。磨かれる。言わば、まぁ、修行みたいな所もあるって思うんですけど。
インタビュアー:
笑 そう、そういう常にこう、見られているっていう様なそういう風な解釈ができるのって、すごい強いって言うか・・・
古川元久氏:
だってね、誰だって、別にそのね、 ペーパー試験は解答が決まっているんですから、ね?
いやぁ、俺は嫌いだ、俺は嫌だってやっても、いや、これが政党です、っていったら、そりゃねぇ?
と思います。でも選挙って言うのは、あー、俺は嫌いだ、ってそうは言っても、あなたこれが政党なんですよ。
じゃあ、古川と書きなさいとは、言えない訳ですよ。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
それはやっぱり、その人一人、全部みなさんが主観的に判断できる。
その主観的な判断に耐えられるかってどうかいうのは、それは、私の責任であって、
うーん。だから、そういった意味では、自分自身がすごく試される事でもあってですね。
インタビュアー:
なるほど。
古川元久氏:
私が選挙に出るって言うのは、そういった意味では、人間修行にはなると思いますよ。
インタビュアー:
笑 そういった時に、若者とか、そういうその政治家さんの趣味だとか、そういったパーソナルな部分って結構そういう親近感 湧かれる方、結構いるらしいんですけども。
実際に友人でも、結構そうでして、例えば、最近ですと、結構政治に関心がある友人とかですと、最近政治家さんニコニコ動画とかに出ていられる事があって、後は、そこを通して親近感湧かれる方が結構いらっしゃるんですけれども。
政治家の移動時間
そういった中で、例えばこう、古川先生、先ほどちょっとお聞きする事が出来なかったんですけれども、たとえば、こう、趣味っていうと、例えば、移動時間ですとか、リフレッシュする方法とか、そういった方法で何か趣味とか、ご趣味とかあられますかね?
古川元久氏:
んー、まぁ、だから、移動時間も実は色々仕事してて。笑 逆に後、車の中で僕は書類見たりする、そういう時間なんで。常にアテントグッズって言うのがあって、こう、移動している間に、こう出欠だとか、こうそういうのの確認だとか、指示をしたりとか、そんなんで、移動時間ってのはあんまり、こう休み時間じゃないですね。また、電話したりとか、そういう時間になるから。
さっきも言ったように、この、まぁちょっとこうホッとするのは家帰った時で。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
で、うちには今で言うと子どもとこの、戯れたりとか、あとは今は犬が居ますから。
犬と一緒にってのは、まぁ、一番そういう意味でいうと、私にとっては癒される時間なんですけどね。
インタビュアー:
へぇー、すごい本当になんか一家のお父さんみたい。
古川元久氏:
いえ、いえ、いえ。あんまり言われても父親の役割してないって、いつもカミさんに怒られていますから。やっぱり、時間をとってあげる事ができない?みたいな。
特にやっぱ、息子あたりはね。なかなか今中3なんで。難しい年頃なんですけれども。まぁ、本当はもうちょっと、
ね?やっぱり、あの、男同士でちゃんとお父さんが、息子と話をしなきゃって言われてるんですけれども。
なかなかそういう時間がなくて。うーん。この夏もね、まぁ、ちょっと、前から、実は去年ぐらいから一回、あのね、うーん。どっか2人で温泉行くか?って話をしているんですけれども、
なかなかこっちも時間が取れなくて。この夏もどっかでとってやろうかなんて、やったら、こっちが時間が取れそうな時には、「いやぁ、お父さん、その日はもう部活がある」とか。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
だから、そういう意味でなかなかね、うまく合わなくて、結局この夏もまだそういうの、計画を立てれてないんですけれども。
インタビュアー:
あぁー。古川先生は若い時、部活は何をやられていた事があるんですか?
古川元久氏:
僕は中学時代は水泳部にいて。
インタビュアー:
あ、水泳だったんですか?
古川元久氏:
えぇ、で、高校の時はバドミントンやってましたけどね。
インタビュアー:
へぇー。
古川元久氏:
ちょっとあんまり時間がもう。だんだん。
インタビュアー:
え、本当ですか?
古川元久氏:
えぇ、えぇ、すみません。だからあの、もう、あと5分くらいで終わりです。
インタビュアー:
あっ。本当ですか。失礼して。
古川元久氏:
いえいえ。
最近の個人的なお買い物は?
インタビュアー:
えーっと、じゃあ、最近あのー、特に、質問事項にはないんですけれども、どんな事にお金を使ったかな?って。例えば、こう、何か大きなお買い物されたかなぁ、って言うのが気になるんですけれども。
古川元久氏:
まぁね、あんまりまぁ、僕はー、ね、物に対するそんな物欲がない方なんですけれども、
最近買ったので、高いのって言うと、あのー、エアウィーブ。
あのー、マットレスというか。まるちゃんとか、えぇ。あれもね、もう私は前々からちょっと、社長さんってのが、私のよく知っている友人で。それこそ、まだ売り出す前の頃から
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
「古川ちゃん、今度こういうの作って売り出すんだけれども、まぁね、あのー、どうかな?」っていう風で、私なんかもうずっと10年以上前からそれで、すごい良くてですね。で、この前その親にもですね、買ってやって。あれは、あの、とにかく腰が痛いとかでも、そう、良く寝れるし、体にはいいなぁ、って言うのはありますけどね。大きい買い物って言うと、うーん。それくらいですかね。
インタビュアー:
うん。
古川元久氏:
あんまりそんな、他に家のものなんては、カミさんが、ねぇ。任せっぱなしで。ていうか、自分が買う事ないし。自分のものでそんな高いものを買うって事は、あんまりないですね。えー、ものにはね、あんまり執着がないんです。また、まだ、本は自分が好きなの買ったりだとか。
本屋行くと、それで、何冊か買っちゃいますけどね。
インタビュアー:
僕も後は、宇宙兄弟通して、あの、古川先生の事、知ったんですけれども。あの、宇宙政策担当という事で、あの、実際にどういう事企画されたりとか、そういう具体的な案とか、どういうものが出たのか、ちょっと気になるんですけれども。
宇宙政策について
古川元久氏:
僕は、大風呂敷だっていわれましたけど、まぁ、火星へのね、有人飛行
日本も目指したら、良いんじゃないかと。えぇ。まぁ、これね、実は、宇宙飛行士ってのは、職業は、あれは、あのJAXAの中にしかないんですよ。
インタビュアー:
へぇー。
古川元久氏:
えぇ、で。宇宙の有人飛行ってのを、目指さなくなった瞬間に、宇宙飛行士って言う職業自体が、日本からなくなってしまうんですね。今あの、国際宇宙ステーション。あれ、まぁ、2020年までの運用は決まっているんですけれども、まぁ、少し延長するって話があるんだけれども。じゃあ、2030年どうなるかって言ったら、今も言っているように、宇宙ステーションも停止になっちゃう、と。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
そうすると、宇宙に人が行かないって風になったら、宇宙飛行士も宇宙ステーションも全くなくなっちゃうんですね。そうするとね、宇宙にやっぱり関心を持つのは、みんなやっぱり宇宙に行きたいって、そういう所がですね?あるんですよね?
そういう宇宙飛行士になりたいとか、そういう部分があると思うんですけれども、この有人飛行をね、目指さないってなった瞬間に、もう宇宙飛行士って言う職業が、少なくとも、日本の子供達から、夢としてはなくなっちゃう訳ですよ。
それでいいのかな?って事ですよね。これで、日本人が宇宙ってすごく、国と密接に絡まっているんで。日本人が、じゃあ、NASAの、アメリカの宇宙飛行士や、なんかなれるかって言ったら、なれないんですよ、これは。国籍が、これは、日本、ちゃんと、その国の人じゃないと。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
だから、NASAの宇宙飛行士に日本人はなれないんです。
だから、日本人で、宇宙飛行士になれなかったら、JAXAが宇宙飛行士をちゃんと、こう、今後ともとり続けるかどうか、作るって言う事。その為にやっぱりちゃんと、日本の、こう宇宙政策として。
将来に渡ってね、やっぱり、有人飛行の、ね、そのー、目指すって言う事も大きな大風呂敷掲げていかないと。
ね?今宇宙ってのは結構子供達にもね、宇宙兄弟の影響もあってからか、
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
関心高まっているじゃないですか。
将来宇宙飛行士になりたい、って言う人も居ると思うんですけど。この、あの、今もですけど、ちっちゃい10歳くらいの子供達が。二十歳になった時に、宇宙飛行士なろうと思っても、そもそも、宇宙飛行士は我が国は必要ないので採用しません。
インタビュアー:
なんで?
古川元久氏:
要請しません。って言うのと。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
そこで、その、夢がそもそも、うーん。絶たれてしまうんですね。うーん。ただでさえ、まぁ、宇宙飛行士なんて、そんな沢山、つまり宇宙飛行士は、なんか資格試験があって資格試験通ったら、宇宙飛行士って訳じゃなくて。これは、JAXAの中の、言わば、一部局っていうかこう、職責として宇宙飛行士になるんで。うーん。
インタビュアー:
ちなみに、火星に行った後の事とか、何か、プロジェクトとかできたりしてたんですかね?こう、宇宙ステーションみたいなのが、こう、建設予定ってのがあったりしたんですか?
古川元久氏:
いや、まだまだそこは、まぁ、まぁ、まだね、その火星って言うのは一つのこう、
アメリカあたりなんかも○○○○、将来の。でもね、つまり、火星行こうと思ったら、相当色んな事を積み上げていかなきゃいけないです。そりゃ一気に火星いける訳じゃないです。
インタビュアー:
笑
古川元久氏:
火星行くってのは、行くだけでもやっぱり、今行っても、半年くらいかかりますから。
半年間、宇宙船の中で、こう、生活をするとか。そういう事も含め、技術的にやっぱりクリアしていかなきゃいけない。
それが沢山あるんですよね。
そりゃまだ先になるんですけれども、でも、やっぱり目標がなかったら。目標がなくて絶対そういう、のは達成、目指さないと絶対達成できないし。
そういう大きな目標を、キチンと立てて、やっていく事が、大事だと私は思うんですけれども。
インタビュアー:
やっぱり、こう小さい子の夢を、という所が、自分のお父さんだったり、お父さんの気持ちとしても・・・
古川元久氏:
いやあ、それねぇ、やっぱり、そのー、ある種、人類としてですよ。
インタビュアー:
はい。
古川元久氏:
そういうものの方が、ねぇ。宇宙って言うものがまぁ、今の人工衛星とかの、そういうものだけでいいんですよ。という風に、なった瞬間に。まぁ、そっから先、広がっていくというか、人間って言うのは常に、まぁ、フロンティアを開拓していくってところがね。そういう所から、やっぱ発展は得られる訳で。
もうフロンティアを開拓しない、ってなった瞬間に、言わば、だんだんね、内向きになってしまう。
インタビュアー:
夢は大きく、って事ですね。
古川元久氏:
そうですね。やっぱり大事なことだと思いますね。それね。
インタビュアー:
すいません、どうもありがとうございました。