2014年3月26日 東京「時代を読む」 佐々木毅・東大名誉教授「自民党の季節の到来」
東京の「時代を読む」に、佐々木毅・東大名誉教授が、「自民党の季節の到来」を書いている。
「昨年の安倍政権は経済の活性化に政策目標を定め、アベノミクスに世界の関心をひきつけるのに成功し、その結果外国人が大量に日本株などを買ったが、昨年末以降、この政権の関心は経済から集団的自衛権などにシフトしているように見える。成長戦略の重要な手掛かりとされた環太平洋連携協定(TPP)交渉も、たそがれ感が強まっている。4月のオバマ米大統領の訪日が重要な機会であることは疑う余地がない。問題はこの政権の課題設定の移動の持つ意味である。
日本の株式市場は今年に入り低迷しているが、先のような政権運営のシフトもその一因であろう。実際のところ政権と市場との間には昨年と違ってチグハグ感が広がっている。三大都市圏の公示地価が6年ぶりに上昇したというニュースの傍らで、外国人が不動産投資信託(REIT)を大量に売り越したという報道がある。一月の経常収支は1兆6千億円の赤字になった。これだけの円安にもかかわらず、数量ベースで輸出が増えていないのであるから、かつての輸出大国の面影は過去のものである。
経常収支の赤字化は日本経済についての重要なシグナルのはずであるが政権の反応は鈍いとしか言いようがない。話題になるのは4月からの消費税増税と賃上げの話ばかりで、それらを持続的に支える経済的基盤に関する政策話は乏しい。構造改革を伴う持続的な成長とそのための戦略話は影が薄くなったように見える。
そうした中で政権は集団的自衛権の行使などに軸足を移行させた。このテーマは自民党の政権公約でもあるから意外感はないが、経済成長という政策目標と比べると、合意争点としては見劣りする。現に過日の党総務懇談会においても解釈改憲に対し少なからぬ疑問や異論が述べられた。
問題はアベノミクスが所期の目標を達成したという認識から政権運営の軸足を移したのか、アベノミクスの行き詰まりが軸足の移動を促したかである。政権当時者にしてみれば、どちらでもなく、政権の必要が軸足の拡大を促したという認識かもしれない。
しかしアベノミクスが所期の目的を達成したという認識が誤りであるとすれば、軸足の変更によって合意争点を自ら放棄し、論争のある争点を選択したことは間違いがない。さらには集団的自衛権問題で支持を取り付けるため、経済戦略での譲歩を余儀なくされることにもなり得る。
集団的自衛権行使問題には戦後政治の因縁が刷り込まれている。連立を組む公明党の態度が、かなり硬いことは知られている。自民党内でも長い議論の歴史がある上、解釈改憲ではなく改憲を通して処理すべき課題だという正当な議論などが少なくない。さらに具体的にどのような形で行使するのかという話が始まれば周辺諸国を巻き込んだ議論になることは容易に想像できよう。
何よりもこの議論は日米同盟という大前提に立っているはずであるが、昨今の日米関係にはスムーズさが欠けているとの観測もある。こうした外在的要素も念頭におくべきであろう。
この問題は野党暮らしを体験した自民党が自らを点検する重大な機会である。多くの一年生議員にとっては最初の試金石である。内閣改造話を含め、これまで官邸に押しまくられていた自民党と議員たちの季節がようやく到来したようである」。
「内閣改造を含め、これまで官邸に押しまくられていた自民党と議員たちの季節がようやく到来したようである」は正鵠を突いている。政権求心力の要諦であるアベノミクスに陰りが見え始め、集団的自衛権行使容認慎重論が、広がり出したからである。問題は、安倍首相がアベノミクス立て直しに、全力を挙げるべきであることだ。集団的自衛権行使容認の閣議決定は、夏に先送りすべきである。