2019年8月30日 産経「正論」 櫻田淳・東洋学園大学教授が「『国際主義』の信条を振り返る夏」

産経に「正論」に櫻田淳・東洋学園大学教授が「『国際主義』の信条を振り返る夏」を書いている。

「令和最初の終戦記念日を迎える。昭和と平成という2つの御代が去った今、日本の人々の大勢は、70余年前の『戦争と平和』を、もはや自らの実感としては語れない。70余年前の『戦争と平和』に関しては、それにどのような意味を与え、それからどのような教訓を引き出すかという知的作業は年々、大事になっていくのであろう。

<日本再起に問われた国際協調>

昭和20年11月、終戦3カ月後、現在では戦前の『粛軍演説』や『反軍演説』で知られる斎藤隆夫を中心に、日本進歩党が結成されたけれども、その『立党宣言』には、次のような文言がある。

『更ニ之ヲ外ニシテハ、排他的優越感ニ基ク国家至上主義思想ヲ払拭シテ、永遠ニ戦争ト武力トニ絶縁シ、国際正義ト相互信頼ト立ツ道義外交ヲ恢復シ、世界協同組織ノ参加者トシテ、万世ノ為ニ太平ヲ開キ、以テ人類文化ノ進運ニ貢献セサルヘカラス』

また、戦前、斎藤に並ぶ自由主義者として語られた牧野伸顕もまた、最晩年に至って残した『回顧録』中に次の記述を残している。

『日本の新憲法の基礎観念も、国際聯合の永久平和の精神を応用して法文を作成するにあったと思われるのであり、日本としてはこの意味において、力の及ぶ限りを尽くして誠実に国際聯合の発達を助成し、その成功を念願とすべきである』

斎藤や牧野の言葉にも示唆されるように、戦後日本の再起に際して確認されたのは、『国際主義』の信条だった。それ故に、サンフランシスコ講和会議に際して、吉田茂首席全権代表は、講和条約受諾演説中、『われわれは国際社会における新時代を待望し、国際連合憲章の前文にうたつてあるような平和と協調の時代を待望するものであります。われわれは平和、正義、進歩、自由に挺身する国々の間に伍して、これらの目的のために全力をささげることを誓うものであります』と語っている。

日本が国際連合への加盟を実現させた折、重光葵外務大臣は、国連総会演説で、日本が国連加盟申請に際し、『日本国が国際連合憲章に掲げられた義務を受諾し、且つ日本国が国際連合の加盟国となる日から、その有するすべての手段をもつてこの義務を遂行することを約束するものである』と宣言した事実を強調していた。

しかし、実際には、『平和、正義、進歩、自由に挺身する国々の間に伍して、全力を捧げる』という吉田の言葉とは裏腹に、日本の対外姿勢は、久しく『消極性』を免れないものであった。

<窒息させた憲法学者の言質>

憲法第9条を盾にして、対外関与に際しての『積極性』を厭い、それを平和主義の言辞で糊塗する姿勢が、定着したからである。

『国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ』という憲法前文の『国際主義』の精神は、次第に窒息したのである。

篠田英朗東京外国語大学教授の近著『憲法学の病』(新潮新書)は、『国際主義』の精神を窒息させたのが、宮沢俊義以来の日本の憲法学者主流の言説であったと断じ、その言説における『独善性』、『排他性』、『閉鎖性』を『ガラパゴス憲法学』として批判している。確かに、特に平成改元以降、『国際主義の精神』を日本が発揮して何かをしようとする際、それを絶えず邪魔してきたのは、憲法に係る解釈を占有しようとしてきた憲法学者主流の言説であり、その言説に『幻影としての権威』を見た一部国内メディア・世論であった。

現在でも、安倍晋三首相が掲げる憲法改正の方向には、さまざまな批判が投げかけられている。とはいえ、重要なことは、どのような趣旨の憲法改正であれ、それが憲法前文の国際主義の精神に違背するものであれば、それを受けいれる人々は皆無であろうということである。仮に憲法第9条改正が成ったとしても、日本が『侵略、武力による威嚇又は武力の行使』を禁ずる国連憲章の規定に拘束される事情は変わらない。

<両陛下が体現される国際性>

振り返れば、筆者を含む1960年代生まれの世代は、『国際性』をこそ一つの価値として信奉してきた。1980年代半ば、『経済大国・日本』の隆盛が頂点に達し、当時の中曽根康弘首相・安倍晋太郎外務大臣の下で『国際国家・日本』が標榜された時節は、この世代にとっての『若き緑の日々』に重なる。故に筆者は、平成改元直後の国連平和維持活動(PKO)協力法制定から近年の安保法制策定に至るまで、日本が『国際主義の精神』を発揮して何かをする構えを整えるのは、『戦前への回帰』ではなく、『時代の要請』に対する当然の応答だと思ってきた。今、令和の御代を迎えて、今上天皇皇后両陛下は、筆者にとっては、『我等の世代の両陛下』であられる。両陛下が体現されている『国際性』こそ、令和・日本の導きとしたいものである」。

「どのような趣旨の憲法改正であれ、それが憲法前文の国際主義の精神に違背するものであれば、それを受け入れる人々は皆無であろう」は、正鵠を突いている。平成改元直後の国連平和維持活動(PKO)協力法制定から安保法制定に至るまで日本が国際主義の精神を発揮する構えを整えるものであり、左派メディア・野党が言う「戦前への回帰」ではない。9条改正も国際主義の精神に拠ってのものとなるが。

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