2016年3月22日 産経「正論」に渡辺利夫・拓殖大学学事顧問が、「ニヒリズムの蔓延を食い止めよ」

「憲法第9条2項の改正を」

産経の「正論」に渡辺利夫・拓殖大学学事顧問が、「ニヒリズムの蔓延を食い止めよ」を書いている。

3度の洋行を経て明治維新を迎え、近代主権国家日本の建設を求めて執筆をつづけたオピニオンリーダーが福澤諭吉である。明治8年、40歳の福澤が知力の限りを尽くして仕上げた著作が『文明論之概略』である。その第1章が『議論の本位を定る事』である。

<次代の日本をどう築くか>

『利害損失』『軽重是非』の判断は難しいが、一身の利害から国家のことを断じたり、眼前の『便不便』で将来を論じたりしてはならず、『多く古今の論説を聞き、博く世界事情を知り、虚心平気以て至善の止まる所を明にし、千百の妨碍を犯して世論に束縛せらるゝことなく、高尚の地位を占めて前代を顧み、活眼を開て後世を先見せざるべからず』。こうして定まった『本位』でなければ議論すべき価値はないという。

現在の日本の政界、ジャーナリズム、アカデミズムに巣喰うポピュリズムの怪しさを言い当てているかのごとくである。安保法制や特定秘密保護法に対する大半のジャーナリズムや野党の反感情は、ポピュリズムであると同時に、今なお残る、いや冷戦終焉後ますます増長する日本の左翼リベラリズムの『条件反射』なのであろう。

『利害損失』『軽重是非』の判断が聞かされることはまずない。安保法制といえば『戦争法案』、特定秘密保護法といえば国民の『知る権利』の侵害だと応じるのみ、理性的で誠実な反対理由が説かれることはない。

現代日本における議論の本位は何か。アジア太平洋秩序の巨大な政治変動の中で日本の立ち位置をどう設定するかに他ならない。中国の異常な海外膨張、米国の覇権力の相対的低下というパワーバランスの変化を見据え、次代の日本をどう築くか、これが議論の本位である。それに向けての懸命の論戦なくしては日本の民主主義はただの『洞』である。私が恐れているのは今の日本を覆いつつある政治的ニヒリズムである。

<最高のモラルはナショナリズム>

左派と右派が少数化し先鋭化する一方、無関心層が大きな広がりをみせている。中国と朝鮮半島が日本に強硬で挑発的な外交・軍事的行動を取る一方、日本では憲法前文や第9条2項の問題が国民の前にまともに提起されないまま歳月だけが空しく流れている。ニヒリズムの蔓延は避けようがない。

『文明論之概略』といえば、日本の文明化をいかに進めるかを説いて、日本の『文明開化』の必要性を諄々と諭した名作だというのが広く流布されているイメージであろうが、それはこの著作をそのように読み込みたい左翼リベラリストの誤読か、おそらくは曲解のゆえであろう。書名に惑わされてはならない。『文明論之概略』ではなく『独立論之概略』がそのエッセンスであり、議論の本位は「独立」、つまり「国の独立は文明なり」なのである。

文明化という観点からみれば欧米列強が日本に先んじているのは確かだが、彼らが文明といえるような段階に届いているとは到底いえない。相互間で獣のように振る舞い、アジアへの侵略と植民地化で激しく競い合う『群雄割拠』が列強の文明の現段階である。ならば、日本のみが高尚なる文明を求めようとしてもそんなことが可能なはずがない。日本という国家の独立の成否こそが戦われるべき議論の本位である。

それゆえ福澤は、日本もまた群雄割拠の時代の士族社会を律していた徳目を、『外国交際』(外交)における『報徳の徳義』として重んじなければ国家の独立は保持できないと説く。福澤は本書によってナショナリズムを最高のモラルとして国民に切々と訴える。議論の本位を日本の独立に求めずして何の文明論か、と往時の日本の思潮に警告を発したのである。

<新しい『文明論之概略』出でよ>

アジア太平洋の戦略環境の変動を直視する勇気をもてず、東西冷戦時代の遠い過去に採用した憲法解釈に唯々諾々というのであれば、日本の独立はやがて危殆に瀕する。この期にあって野党5党が安保法制の廃止法案を提出した。そこまでの定見の低さか。米中覇権の鍔迫り合いに日本が無縁でいられるとでもいうのか。

国民の方は日米同盟の抑止力強化なくして枕を高くして寝てはいられないという感覚を持ち始めている。実際、昨年1月の内閣府の世論調査では『日本が戦争に巻き込まれる危険性がある』と答えた国民は76%に及んでいるではないか。この感覚を言説化する新しい『文明論之概略』出でよ。

日本にとって文明化の目的は何かと問うて福澤はこう答える。『内外の区別を明にして我本国の独立を保つことなり。而してこの独立を保つの法は文明の外に求むべからず。今の日本国人を文明に進るはこの国の独立を保たんがためのみ。故に、国の独立は目的なり、国民の文明はこの目的に達するの術なり』

『文明論之概略』の結語である。幕末から開国維新期に苦渋に満ちた思考を強いられた先人の言説に、最も深く学ぶべきは現代の日本人なのであろう」。

コラムの結語である「新しい『文明論之概略』出でよ」は、正論である。日本国の独立のために、憲法第9条2項の改正を、である。現行憲法に自衛隊が明記されていないことが、独立を危うくしている元凶だからである。国民の76%が「日本が戦争に巻き込まれる危険性がある」と感じているのに対して、政治は今こそ不作為を止め、憲法9条2項の改正を作為すべきである。

問題は、憲法改正を党是する自民党が1955年の結党以来、61年間、一度も憲法改正の是非を国民に問うたことがないことである。安倍晋三首相が7月の衆参同日選で初めて国民に問うのである。護憲の錦の御旗の下に、日本の独立を危うくしてきた左翼リベラル勢力との全面的思想戦となる。保守勢力の思想武装が急務となる。

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