2020年3月11日 産経 「湯浅博の世界読解」「政変招く『悪魔ウイルス』」

産経の「湯浅博の世界読解」に「政変招く『悪魔ウイルス』」が書かれている。

「中国の習近平国家主席が1カ月以上も前、『ウイルスは悪魔だ』と漏らした言葉は印象的であった。この世の中には、巨大権力を操る独裁者といえども制御ができず、戦争以上に震え上がらせる脅威が存在することを知った。『COVID-19』という名の武漢ウイルスが、強国独裁システムを直撃したのである。揚げ句の訪日延期であった。

習近平政権は当初のウイルス感染の隠蔽に失敗すると、一転して、封じ込めの決意を人々に見せつけた。メディア規制はもちろん、治安当局がマスクを着用しない人物を無人機で発見し、見せしめの摘発をする。飼い主が感染すると、ペットも感染の可能性があるとして殺処分する――。

これらの実態をウェブ誌で詳述したテキサス大学のブラッドリー・セイヤー教授は『30%の自然災害、70%の共産党による大災害』と断じている。

<地域的「流行」の範囲を超えた>

未知のコロナウイルスの感染パワーは『政治的混乱の予兆』として為政者から忌み嫌われる。確かに、人類は聖書の黙示録にいう疫病、飢餓、戦争の災禍に苦しんできた。とりわけ疫病は、戦争の行方を左右し、飢餓も招く『悪魔』であるに相違ない。

実際に世界の王朝や政権は、疫病によって崩壊するパターンが繰り返されてきた。中国でいえば、明朝末期にはペストや天然痘で1千万人の死者を出し、やがて清国に敗れる。1910年の『満州ペスト』の流行時には、清朝が対策を口実とする日露の介入を恐れ、6万人の死者を出した。そして12年、清朝は滅んだ。

中国の為政者がいう『疫病は自力で制御すべし』との教訓は、いまも受け継がれている。習主席は訪中した世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長に対し、独自の封じ込め策に自信を見せたものだ。

それが、あの『一夜城』のような武漢の病院建設であり、狂気のような巨大都市の封鎖、感染初期にWHOの専門家の武漢入りを断り、米疫病対策センター(CDC)から支援の申し入れを拒否したことにつながる。

だが、ウイルスに国境はなく、どんな防疫ラインもすり抜けていく。だからこそ、1918年に世界を震撼させた『スペイン風邪』のパンデミックという惨状を招いた。『パンデミック』とは新型感染症の世界的な広がりであり、武漢ウイルスはすでに地域的な『流行』の範囲を超えた。

<手を緩めると繰り返し攻撃>

その教訓から第一次大戦後にWHOがつくられ、第二次大戦後に欧州を襲った結核と発疹チブスに対応できた。今回、武漢ウイルスを許したのは、世界の感染症専門家の関与を拒否した全体主義の『チャイナ・ファースト』であった。

従って、中国当局から『封じ込めに成功』の宣言が出てきたとしても、安易に乗ることはできない。それは当局のプロパガンダの疑いだけではない。感染症史に詳しいローラ・スピニー氏によれば、過去のパンデミックはいずれも、いったん収束したあとの第二波の方が大きいからだ。

『スペイン風邪』の第二波は、第一次大戦の終結を加速させた。豪州は1918年に制圧したはずが、翌19年に復活して1万2千人死んだ。

武漢ウイルスでも、隣の韓国で文在寅大統領が『ほぼ制圧』といったとたんに、感染数が急上昇して中国に次ぐ感染者と死者を出している。逆に、安倍晋三政権が最悪の事態を想定して小中高校の休校、イベントの自粛を要請したことはやむを得ない。『悪魔』は手を緩めると、繰り返し攻撃してくるからだ。

気になるのは、この武漢ウイルスが米中『戦略的競争』という派遣争奪に及ぼす跳ね返りである。中国経済は持病の巨額債務に米中貿易戦争の痛手が重なり、そしてウイルス不況に陥るのは確実な情勢だ。

ハーバード大学のグレアム・アリソン教授が以前、米中戦争の可能性に言及して『トゥキディデスの罠』に警鐘を鳴らしたことがある。実は、そこで登場するペロポネソス戦争の勝敗もまた、疫病が決定づけていた。紀元前5世紀に起きたアテネの台頭と、対抗する強国のスパルタが持つ恐怖が、避けることのできない戦争を引き起こした。彼のいう『トゥキディデスの罠』とは、現行の覇権国が台頭する新興大国との間で戦争することが、避けられなくなるとの仮説を指している。

<「中国モデル」限界を見た>

当時の恐ろしい伝染病ペストは、戦争開始から2年目に新興勢力のアテネを襲った。北アフリカから商船に乗った船乗りによって運ばれ、アテネのピレウス港に伝播した。歴史家は人口の3分の1が病気に倒れたという。現代に当てはめれば、武漢発の新型ウイルスで4億に上る中国人が倒れたという、想像を絶する話に当たる。

アテネ市民は悪魔がペストを設計して政治、社会、文化を破壊しており、一部の人々は何らかの罪に対する神の報いだと考えた。覇権勢力のスパルタは、敵の不幸を自国のチャンスと考え、アテネによる平和への懇願を拒絶した。かくして、スパルタがギリシャ連邦の覇者となってペロポネソス戦争は終わる。どこか米中覇権争いの行方を暗示するかのようだ。

習主席は今世紀の半ばには、覇権国家の米国を抜いて『世界の諸民族の中で聳え立つ』と自信を語っていた。そんな時に武漢で発祥した「悪魔」の襲来は、奈落の底に落とされるほどの衝撃だったに違いない」。

米中戦争は「トゥキディネスの罠」に例えられるが、アテネとスパルタのペロポソネス戦争は、アフリカからアテネに伝播されたペストによって人口の3分1が病気に倒れ、スパルタの勝ちとなった。今回の「武漢ウイルスの悪魔」は、中国の負け、米国の勝ちを暗示しているが。

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