2016年4月13日 日経「風見鶏」 大石格・編集委員「『寸止め』という選択肢」

日経の「風見鶏」に大石格・編集委員が「『寸止め』という選択肢」を書いている。

消費増税で景気が後退する来年4月以降の衆院選は自民党に不利である。参院選での野党共闘にひびを入れるには衆院選をぶつけるのがいちばん簡単だ。今年夏は衆参同日選があると読むのが政治の常識である。

1983年も似たような年だった。干支は亥年。12年にいちど春の統一地方選と夏の参院選が重なる年だ。次の選挙まで間がある地方議員の動きが鈍り、亥年の参院選で自民党はいつも苦戦を強いられてきた。

秋にはロッキード事件で起訴された田中角栄元首相の一審判決がある。有罪は必至である。その前に衆院選を終えたい、というのが自民党の大勢だった。この2つをみたす解は夏の衆参同日選しかない。当時の中曽根康弘首相は就任直前の82年秋に最大派閥のオーナーである田中氏と会った際、早々と『6月にダブル選をせよ』と厳命されたそうだ。

それだけに中曽根氏が83年4月に『解散見送り』を表明すると、野党も含めて政界は耳を疑った。自民党は6月の参院選はダブル選で圧勝した3年前を1つ下回るにとどめた。だが、10月の田中有罪判決を受けた12月の衆院選は案の定、勝てなかった。単独過半数を6議席も下回り、新自由クラブとの連立でかろうじて政権を維持した。

なぜ中曽根氏はあえて不利な戦いを選んだのか。同日選見送りを表明する前日の日記にこう書き残している。『ここで解散をやれば鈴木氏の権威は落ちる』。中曽根氏の前の首相で、鈴木派を率いる鈴木善幸氏は田中支配が強まると福田赳夫氏との角福戦争で党が空中分解すると懸念。同日選に内々、反対していた。

選挙後、中曽根氏はいわゆる田中影響力排除声明を出し、幹事長を田中派の二階堂進氏から鈴木派の田中六助氏に交代させる田中派で竹下登氏による代替わり狙いのクーデターが起きるのはこの1年後だ。

中曽根氏は選挙に負けることで自身を首相に押し上げた恩人の田中氏の力をそぎ、政局の主導権を握って長期政権への道を開いた。恐るべき深謀遠慮である。

3月の本欄で今年夏の参院選の見通しについて①衆院選との同日選②消費増税の先送り――などの後押しがあれば、改憲勢力が3分の2に『達しない方が驚きである』と書いた。達したら改憲を求める声は、いまの比ではすまない。保守派は安倍晋三首相の強力な応援団だが、2年以上も靖国神社に参拝しないなど現実路線をとっていることにかなりの不満を抱いている。改憲の国会発議を可能にするだけの議席を持ちながら『様子をみよう』で納得するだろうか。

問題はさらにその先だ。国政選ではアベノミクスに期待して自民党に投票したが、改憲は反対という有権者は少なくない。国民投票で改憲案が否決されたら、ときの首相の退陣は避けがたい。吉田松陰に心酔する安倍首相でも確たる見通しなしに『無志はおのずから引き去る』ではあるまい。

改憲勢力が3分の2に届かなければ保守派との摩擦は起きない。自民党が改選51議席を上回りさえすればいちおうの勝利であり、政権への打撃にはならない。長期政権への一番の近道は『寸止め』である。そう考えれば、同日選である必要はなくなる。

現職議員が大型連休に選挙区を走り回ったら解散風は止められなくなる。だから中曽根氏はその前に決断した。安倍首相はどうするだろうか。24日の衆院補欠選挙に敗れて『おじけ付いて見送った』では格好が付かない。決断は意外に早いかもしれない」。

衆参同日選で憲法改正の是非と消費税再増税凍結の是非を国民に問わねばならないから、安倍晋三首相に「寸止め」という選択肢はない。そもそも憲法改正は祖父以来の安倍首相の悲願であり、今夏の参院選がラストチャンスだから、同日選しか選択肢はないが。

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