2019年7月19日 産経「正論」に佐瀬昌盛・防衛大学名誉教授が「トランプ『暴論』に触発されて」

産経の「正論」に佐瀬昌盛・防衛大学名誉教授が「トランプ『暴論』に触発されて」を書いている。

「1960年署名の日米安保条約第6条は、米国の陸空海軍が日本の安全と、極東の平和と安全に寄与することを条件に、米国がわが国に基地を設け、また使用することを許している。また第5条は、日本および日本の基地に駐留する米陸空海軍が日本の領域で武力攻撃を受ける場合、それぞれの憲法に従って共通の危険に対処する、としている。米国が武力攻撃を受けた場合については規定がない。

<原因は憲法9条にある>

日本が負う義務は基地の提供であり、米国はそれを使用して、日本を日本とともに共同防衛する義務を負う。両国が負う義務は非対称である。一言に約せば、日米両国は非対称双務性の関係にある。

トランプ米大統領は先月の20カ国・地域首脳会議開催の直前、テレビ取材に応じて日本が攻撃されれば米国は『第三次大戦』を戦うが、米国が攻撃されても日本は何もしない、日本人は『ソニー・テレビ』でそれを見ているだけだと毒づいた。安保条約6条を杓子定規に解釈すると、そういうことになる。

その原因は日本国憲法9条にある。9条1項は戦争、武力の行使の永久放棄を謳い、2項は陸海空軍の不保持を定め、国の交戦権も認めていない。が、これらは昭和21年の規定で、今日のわが国には陸海空軍の自衛隊がある。

その自衛隊の合憲性は昭和29年来の政府統一見解が認めている。曰く、『憲法第9条は、独立国としてわが国が自衛権を持つことを認めている。従って自衛隊のような自衛のための任務を有し、かつその目的のため必要相当な範囲の実力部隊を設けることは、何ら憲法に違反するものではない』。

これ以外にも『自衛隊の合憲性』を巡る議論は、衆参両院でいくどもあった。たとえば昭和55年には森清衆院議員の質問に対する政府答弁書がそれで、趣旨は前期の政府統一見解と変わらない。

<解釈抜きの明瞭な条文必要>

再度、トランプ発言に戻る。ニューヨーク・タイムズは6月28日、痛烈なトランプ批判記事を掲げた。見出しは『日本についてのトランプ大統領の無学な論評は、本人にとっても良くなかった』。そしてこうある。『大統領は暗に、日米安保条約が日本にとり有利なものだというが、それはほとんど米国が強要したのだ』。これは昭和26年の旧安保条約についての記述で、東大女子学生、樺美智子さんの命を奪った『60年安保騒動』の最中に発効した『日米相互協力及び安全保障条約』については『日本が攻撃された場合、米国は日本を守る。ほぼ冷戦期全体を通じて民主日本はアジアにおける同盟諸国の中核になった』と、同紙はわが国を評価している。

岩屋毅防衛相になり、米国以外の国々との防衛首脳対話も活発になった。今年1月には日仏『2プラス2』(外務・防衛担当閣僚会議)が陸海空軍の訓練定期化で合意したし、日豪防衛相会談では北朝鮮による違法な『瀬取り』対処で緊密に連携することで合意している。さらに注目すべきは欧州のフィンランドとの間で防衛協力・交流に関して初の覚書が署名されたことだ。6月にはカナダとの間で防衛協力を『新たな段階へ』、つまり①平和維持分野での協力②共同訓練・部隊間交流③人道支援・災害救助でのハイレベル対話を推進する旨が明記された。

これらの個別的協定も重要である。が、最大の問題は日本国憲法9条にある。その下での自衛隊を合憲化する努力は、先述したようにいくども重ねられてきた。しかしそれらはすべて解釈論であった。解釈抜きで明瞭な条文が必要である。そのため田久保忠衛・杏林大名誉教授ら4名と私が起草委員となり産経新聞『国民の憲法』要綱が平成25年に発表された。

<「不沈空母」日本の価値>

現行憲法の9条に相当する案文は次の通り。1、国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する。2、軍の最高指揮権は、内閣総理大臣が行使する。軍に対する政治の優位は確保されなければならない。3、軍の構成、および編制は、法律でこれを定める(『国民の憲法』産経新聞出版)。

この起草委員会で私は9条問題を担当した。その際の討議用私見が残されていて、私はこう述べている。『どのように精緻に書かれた憲法においても<解釈>の問題はある。ただ、それは程度問題であって、イロハのイとも言うべき自衛権の存否という問題までもが<憲法解釈>に依存するというのは異常というほかない』『<憲法>と<憲法の下での現実(constitutional reality)>との間の驚くべき乖離は望ましくないし、見方によっては危険である。この乖離を解消する努力が必要である』

日米安保体制下で日本の地理的価値を熟知したのは百寿を超えた元首相、中曽根康弘氏である。曰く『不沈空母』。『ロンヤス』関係にあった元大統領レーガンも、極東の一角に浮かぶ『不沈空母』日本の価値をよく知っていた」。

トランプ大統領の暴論である日米安保条約破棄への言及は、日本は「浮沈空母」の一言で一掃される。日本が負う義務は基地の提供であり、米国はそれを使用して日本を日本とともに共同防衛する義務を負う。日米両国は非対称双務性の関係にある。

pagetop